第一話 公園にて

1/9
前へ
/91ページ
次へ

第一話 公園にて

Chapter 1 Inside the park of her memories.  夕刻。  太陽が徐々に光を失い、夕闇に取って替わる刻。  俗に逢魔が時と揶揄される時間帯だ。  季節は衣替えの頃。午後五時を回ってもすぐには暗くはならない。  だが年期の入った公園の照明灯達は、決まった時間だと言わんばかりに一斉に点灯を始める。まだ充分に公園を見渡せるにもかかわらずだ。 「これって電気の無駄遣いじゃないかなぁ」  人気のない公園では、高校生らしき女の子、矢作亜由美(やはぎ あゆみ)が、一人寂しくブランコを漕いでいた。  ブランコが往復する度、茶色がかった長い髪が棚引く。  この公園は、亜由美の通学路の途中にある。  亜由美の家から約一〇分程度。  住宅地の中にあり、ちょっとした散歩のついでに立ち寄れる。  見通しも良く遊具も多いことから、子供の貴重な遊び場や、周辺住人の憩いの場として重宝されていた。  そのため、普段は小学生やその保護者がいる。高校生の亜由美としては何となく入り難かった。  それが今日に限って誰もいない。  だから何となく公園に足を踏み入れ、何となくブランコに乗ってみた。  久し振りだった。  ブランコ担当の古びた照明灯は、消えかけたり、ゆっくりと明滅したりで落ち着きがない。蛍光管の寿命が近いのかも知れない。  それを見ながら、亜由美はただただブランコに揺られていた。  ──もう一〇年も経つんだなぁ。  幼い頃、休日の度に父に頼んで連れて来てもらったこの公園。  仕事で忙しかった父との数少ない接点の一つだった。  そんな父は、一〇年前にこの公園で亡くなった。  以来この公園に足が向かない。小学生がいるからなんてのは言い訳だ。  どうしても思い出してしまう、父の大きな手。  思い出してしまう。  あの時起きた出来事を。  ──私が我がままを言わなかったら。  それを思い出して涙ぐむ事はなくなったが、それでもまだ、ちくりと心が痛む。 「ねぇ」  やにわに少年の声がした。  声変わりしていない幼い声色。成熟していない小柄な体躯。若干色素の抜けた明るい髪の毛。見た感じ、中学生くらいだろうか。  そんな少年が亜由美の隣に立っていた。 「隣、空いてる?」  少年は二つあるブランコのもう一方を指差した。もちろんそこには誰もいない。 「え? ええ」
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加