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亜由美は戸惑った。
──さっきまで誰もいなかった……よね?
亜由美がここに来たとき、この公園には誰もいなかった。
何よりも、こんなに近づくまで少年の存在に気付かなかった。
──幽霊とかが出るような時間じゃないわよね。
まだ夕闇に支配されていない公園では、遊具の輪郭がはっきり見える。
古びた滑り台、古びたシーソー。
それらは確かに古びているが、まだまだ現役だ。
「このブランコ、古いよね」
その少年は訝しがる亜由美を横目に、隣のブランコに立ち乗りし勢い良く漕ぎだした。
古びたブランコは、抗議の声を上げるかのようにぎしぎしと音を立てた。今にもチェーンがはじけ飛びそうだった。
「お姉さんはさぁー」
少年は勢いに乗ったブランコに揺られながら、亜由美に声をかけた。
「今、悲しんでたでしょ?」
唐突だった。
「な、何よいきなり?」「そ、そんな事ない」
「顔に出てるよ」
「え?」
亜由美は思わず両手で頬を覆った。もちろん両手くらいじゃ顔は隠れない。気持ちの問題だ。
「お姉さん、正直者だね」
「あ、あのねー」
からかわれたと知り、亜由美は攻勢に出た。
年下の男の子にからかわれたとあっては、現役女子高生の名が廃る。
「私は『お姉さん』じゃなくて、ちゃんと名前があるの」
「へぇ?」
「へぇ?」
亜由美は疑問形で聞き返した。
「だからさ。──よっと」
少年は、勢いがついたブランコのチェーンから手を離し、宙に舞った。小学生男子が良くやる技だ。勢いをつけたブランコから飛び、その飛距離を競うのだ。
亜由美も記憶の端で、似たような光景を思い浮かべていた。
ところが。
「へ?」
少年は砂地ではなくブランコを囲っている鉄パイプの上に降り立った。あまりにも身軽で、重力を感じさせない身のこなしだった。
これには亜由美も驚いた。
少年はそんな亜由美を気にする風でもなく、細い鉄パイプの上をとんとんとんとリズミカルに歩き、亜由美の目の前で立ち止まった。
「お姉さんは今、お父さんの事を思い出していた。それで悲しんでいた」
「──!」
亜由美は即座に答えられなかった。
まさに今、亜由美は亡き父の事を想い、少年が言ったように『悲しんでいた』からだ。
ここで怯んではいけない。
亜由美は、きっ、と少年を睨み付けた。
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