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「普通男が先に名乗るもんじゃない? 初対面でしょう?」
「そうなの?」
「そうなの! だから先にあんたの名前を言いなさい!」
亜由美は胸を反らし強気に出た。威嚇したという表現が近いのかも知れない。
さぁ、とっとと自己紹介なさい。話はそれからよ。
そう言わんばかりの態度だった。
ところが。
少年は表情一つ変えず、口も開かない。
無情にも時間は過ぎ去り、やがて一分が経過した。
少年は相変わらず好奇心に充ち満ちた目で、亜由美を見つめ返していた。
年の差こそあれ男女が見つめ合うこの状況。どこかの誰かが大きな勘違いをしそうだ。
──何よこれ。何なのよこの雰囲気は……。
亜由美はこのどうしようもない雰囲気をどうにかしようと考えた。考えたが何も思いつかなかった。
結局。
亜由美が先に折れた。
「ええとね」
「うん」
「初対面だから、まず最初は自己紹介だと思うのよ」
やんわりと言ったつもりだったが、実際の口調はかなり刺々しかった。
だが少年はそんな亜由美の態度など意に介さず、これまたやんわりと応じた。
「そうだね」
「で、私があんたに名前を聞いたわけ。ここまではいい?」
「うん、合ってる」
「ああ、良かった。言葉が通じてないかと思ったわ」
亜由美は大げさに胸を撫で下ろした。
「で、あんたはそのまま黙って突っ立ってるだけ」
「まぁ、座ってはいないね」
少年は器用に鉄パイプの上でバランスを取っていた。
「ああもう!」
亜由美はそもそも我慢強い女の子ではない。どちらかと言えば短気だ。
「私は矢作亜由美。高二。こう見えても書道初段」
その上一言余計だった。
「うん、分かった。亜由美って呼べばいいんだね?」
「年上を呼び捨てにしない!」
「年上?」
「あんた中学生でしょ?」
「ええと、そうかな?」
少年は首を傾げた。
「それなら少なくとも二つは私の方が年上。ちゃんと礼節を持って対応なさい」
少年はどうにも理解出来ないと言った表情を作った。
「何よ、文句あるの?」
「いえいえ。滅相もない」
少年は鉄パイプに立ったまま、器用に頭を振った。
「で、お名前は?」
「僕の、だよね?」
「他にどなたがいらっしゃるのかしら?」
亜由美の我慢の限界は近そうだった。
少年は観念したように肩をすくめた。
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