第一話 公園にて

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「そうだなぁ……高梨(たかなし)、高梨祐一(たかなし ゆういち)でいいよ」 「何その他人みたいな言い方」 「そうかなぁ?」  祐一と名乗った少年は、一向に飄々とした態度を崩さない。  結局亜由美が折れるしかない。なぜなら亜由美は短気だからだ。 「まぁ、いいわ」 「そりゃどうも。よっと」  祐一は鉄パイプから砂地に飛び降りた。 「それで亜由美お姉さんは何で悲しんでいたの?」 「それは……」  亜由美を見る祐一の目には、純然たる好奇心が宿っていた。人の心の中を見透かすような透明感。亜由美は何かを言い返そうとしたが、その目に気圧され押し黙ってしまった。  夕闇が迫り、公園の照明灯が徐々にその存在感を示し始めた。  静かだった。  今公園にいるのは亜由美と祐一だけだ。  それ以外何の気配も音もない。  まるで世界から切り離されたような、そんな感覚が亜由美を襲った。 「ねぇ、亜由美お姉さん?」 「え? あ、ええと何だっけ?」 「何を悲しんでいたのか」 「え? ええと、そうね」  亜由美は一呼吸間をおいた。 「私のお父さんね、ここで倒れたの」  何で自分はこんな事を話しているんだろう。初対面の、しかも年下の男の子に。  でも。  もう亜由美の口は止まらなかった。 「急に倒れて。私がいくら呼んでも答えないの。動かないの。そのうち救急車が来て、病院に運ばれて……」  亜由美の頬を熱い物が伝った。  ──あれ? おかしいな。もう泣かないって決めたはずなのに。  お父さんとの思い出は、自分の中でちゃんと整理したはずなのに。  一〇年かけて厳重に蓋をして、その上からまた蓋をして積み上げて来たはずなのに。  それを見ていた祐一は、静かにこう告げた。 「亜由美お姉さんは、それで悲しんでいたんだね」 「違う! 悲しんでなんかいない!」  即座に反論したその声は、震えていた。 「もうお父さんはいないの! もう悲しくなんかない! そうしないと、そうしないと……」  最後は言葉にならなかった。  亜由美の嗚咽だけが公園に悲しく響いた。  祐一は、そんな亜由美をじっと見ていた。まるで時が止まったかのように。  その静寂を、祐一の一言が動かした。 「その『悲しみ』は、『辛い』?」  祐一の声は穏やかだったが冷徹な透明感があった。
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