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「……辛くなんかない」
「じゃあ、『苦しい』?」
「苦しくなんかない! 何よあんた! 私の何が分かるってのよ!」
亜由美は顔を上げ、祐一を睨み付けた。
「あんたに何が分かるの? お父さんは休みの日はいつもここに連れてきてくれた。遊んでくれた。楽しかったの。嬉しかったの。だからお父さんがいなくても苦しくも辛くもない。そう決めたの」
一〇年間。
亜由美はこの感情が表に出ないように、時間をかけて心の奥底にしまい込んできた。
泣いてしまわないように。
悲しまないように。
自分が悲しむ事で『お父さん』が心配しないように。
「そっか」
祐一は穏やかな笑顔を浮かべた。
「亜由美はお父さんが大好きだったんだね」
それは優しく諭すような声。
亜由美はもう抗えなかった。
「……そう。私はお父さんが大好きだった。だからお父さんがいなくなっても辛くなんかない。苦しくなんかない。悲しくなんかない……」
──私が悲しめばきっとお父さんが悲しむ。
それは亜由美が自分で『決めた』事だ。
遺された者として、時間をかけて決めた事だ。
「それで、心の奥にそれを押し込んだんだね」
「……うん」
「亜由美は優しいんだね」
優しい?
──私は優しい? 誰に対して?
「会わせてあげようか?」
祐一のその言葉は、亜由美の理解が追いつかない。
「え? 会わせる? 誰に?」
「亜由美のお父さんに」
祐一の飄々とした口調に変化はない。
亜由美はその言葉の意味を図りかねた。
『会わせてあげようか』と祐一が言う。
──誰に?
『お父さんに』と祐一は言う。
そんなバカな話はない。
死んだ人間に会えるはずはない。
それでも聞かずにいられなかった。
「お……お父さんに?」
亜由美は、怖ず怖ずと祐一に尋ね返した。
対する少年は、何食わぬ顔で応じた。
「そう。亜由美のお父さんに会わせてあげるよ」
祐一の表情は相変わらず飄々とし、感情が読めない。どこまでが本当なのか。亜由美には判断出来なかった。
だが。
「僕にはそれが出来る」
祐一と名乗った少年はその存在感を増し、圧倒的な言葉を亜由美に投げかけた。
「……本当に?」
「僕は嘘はつかないよ。ただ、その替わりに」
「替わりに?」
「その思い出を貰う」
「え?」
「亜由美をお父さんに会わせてあげる。でも代価が必要なんだ」
「代価?」
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