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「亜由美のお父さんは、一〇年前ここで亡くなった。そして亜由美はその事を今でも悲しんでいる。そして悔やんでいる──あの日、ここに連れてきて貰わなければ……」
「やめて!」
亜由美は叫んでいた。
「あの時、ここにお父さんといなければ」
心の中を鷲掴みにされたような感覚が亜由美を襲った。
「お願い! それ以上言わないで!」
亜由美は両手で耳を塞いだ。
だが祐一の言葉を遮る事は出来なかった。
「苦しく、辛い時間を過ごす事はなかった」
──やめて!
「その思い出を引き替えに、お父さんに会わせてあげるよ」
その言葉は、甘美な響きをもって亜由美の心を揺り動かした。
あの日、一〇年前の今日。
ちょっと体調が良くないと言っていたのを、自分が無理矢理引っ張ってこなければ。
もしかしたら。
我がままを言わなかったら。
ずっと悔やんできた、辛く苦しく悲しい思い出。
それがなくなるのなら。
「……本当に?」
亜由美が確認を求める。
だが祐一はそれを突き放す。
「決めるのは亜由美だよ。僕じゃない」
「決める……私が、決める……」
──何を決めるの?
「お父さんに会いたいんでしょ?」
「会いたい」
「その辛く苦しい思い出と引き替えだけど、それでいい?」
「……うん」
亜由美はゆっくりと、それでいて確かな意思を示した。
「──分かった。ちょっと離れてて」
「何をするの?」
「それは見てのお楽しみ」
亜由美は訝りながらも、二、三歩祐一から離れた。
祐一はそれを見て軽く頷き、両手をゆっくりと天に向けた。
体が燐光を帯び、夕闇が祐一の周辺だけ消え去った。
目に見えない『力』としか言いようのない何かが、祐一から放たれる。
その光景は、亜由美には光の輪が拡がっていくように見えた。
そして。
その光の輪は急速に収束し、天に向かって駆け登った。
天と地が繋がった。
それは光の柱だ。
ゆっくりと明滅する光の柱。
ややもすると、そこから『何か』が降りてきた。
──人の形?
光の中には、確かに人の形をした『何か』があった。
輪郭ははっきりとしない。でも、どこか見覚えのある人の形。見覚えのある大きな手。
──手、あの手は……。
「おとう、さん?」
亜由美のつぶやきに呼応するかのように、その『何か』が動いた。
明らかに亜由美の声に対しての反応だった。
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