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小さく息を吐いて、胸を撫で下ろした。
ちらりと視線を上げると、穏やかに笑う顔がある。
「映画、やめるならいまだけど?」
にやりとした笑みを向けると、祐一郎は一瞬眼を瞬かせ、ふわりと笑った。
「やめないよ?」
いつものように腰を屈めて、至近距離で祐一郎がゆっくりと眼を細めた。
「椎名が一緒なら、スプラッタも我慢できるよ」
思いがけない言葉と、自分を見つめる穏やかな笑顔。
トクン、と心臓が小さく音を立てた。
どこまでも穏やかで、どこまでもやさしい。
取り巻く空気も、吹き抜ける風も、祐一郎の周りだけは、なぜか穏やかで。
あっそ、と素っ気なく答えて、身を翻した。
テニスコートに向かって歩きながら、ラケットを小脇に抱えて、両手で口元を覆った。
少しだけ煩くなった心臓と、少しだけ熱くなった頬を感じながら、空を見上げた。
吹き抜ける風は冷たい。
けど・・・・。
今日は寒くはないな。
後ろから慌てて自分を追ってくる足音を聞きながら、そっと口元を緩ませた。
両手の隙間から、白い吐息が宙に舞った。
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