音と猫とルビーの指輪

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◇◇◇  世には図らずとも抗い難き常識が出現する。  如何なる世界でも、往々にして自然かつ野放図にそれは顕現し、樹木が大地に根付くかの如く恒常化する。  何れは定められた暗黙のルールと化す。それは小説も例外ではない。  自由を信条とする物語の世界さえ、一定の常識を持たざる物は、容赦なく淘汰されるのである。  だが私はふと、新たな可能性を見いだしたくなる。絶対のルールを犯し、その先に待つ純真で穢れのない世界へ逃亡を図りたくなるのだ。  例えばそれは、無機物が感情や意思を持つ世界や、物体や動物が人類の言語や思考を理解できる世界だ。  こうした特殊な設定が産声をあげると、必ずそれを迫害する愚者が寄生虫のように蔓延る。  突拍子ない改革者を殲滅せんとする感情は理解できる。なぜなら特殊な設定は、必ず多数の矛盾点を孕んでいるからだ。  端的に例えるなら、物体や動物が人間の言葉や思考を理解するには、無論人間並みの頭脳を所有していなければ道理に合わない。  たしかにそうだ。それは全く否定できない。  けれどどうだろう。  空想世界まで、現実世界の常識を持ち込む必要があるだろうか。いや、ない。  だから私は筆を取った。もちろん賛否両論は甘んじて受け止めよう。私はあえて挑戦する道を選ぶ。新たな可能性を創造するために。  例えば人知に匹敵する頭脳を持つ猫が、叙事を語るのもいいではないか。物語の黒幕を務めてもいいではないか。  如何なる自由も許されるべきではないか。小説という娯楽の幅を、更に大きく広げてもいいのではないか。  創作の世界に、間違いなど、只の一つもないのである。  ×年×月×日 風美連城  (風美連城著作『だから犯人が見つからない』あとがきより抜粋) ◇◇◇
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