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ほなみがあと一歩後ずされば壁だった。もう逃げ場がない。
彼の瞳に、獣の様な輝きが宿っている。捕まえられたら、どうなってしまうのかーーそれを望んでいるのか、恐ろしいのか、自分にも分からない。
(ううん……違う……私は……西君に……抱き締めて欲しい……と望んでいる……だから……ここまで来た……)
「……ほなみも俺が心配なのか」
西本は、壁に両手を突き、ほなみを鋭い目で見下ろした。
「し、心配だよ……西君は……たったひとりのクレッシェンドのボーカルなのに……もし……私のせいで……活動出来なくなったら……」
「……そんな心配なんか要らないんだよ!」
苛立つ叫び声と共に、ほなみは強く抱き締められた。
「あ……んっ」
背中に彼の腕が絡みつき吐息が耳を掠め、思わず甘く声を漏らしてしまう。
「……これは夢なのか?」
彼の手が、頬に触れる。微かな震えがほなみの頬に伝わってきた。
愛おしげに髪を撫でられキスをされて、ほなみの心から切なさが溢れ出していく。
「俺は、夢を見てるのか?……ほなみが腕の中に居る……」
優しい低音の甘い声は、どこか苦しげだった。
ほなみが首に腕を回して抱き締め返すと、彼の身体がビクリと動く。
「夢じゃない……私は西君に……会いに来たの」
西本は腕の力を緩め、涙で瞳を盛り上がらせている彼女に向き合った。
ふたりの視線が絡み合う。西本の瞳もこぼれそうに潤んでいる。
(もう……自分を偽れない……)
「……会いたかったの……」
ほなみの両目からついに大粒の涙が落ちた時、彼に唇を塞がれた。
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