愛しい奏で

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『どこにいても何をしていてもクレッシェンドの、西君を応援してるよ。頑張ってね』  優しく、残酷な別れの言葉を残し、彼女達は彼から通りすぎていった。  どんなに心を尽くしてその子を思っても、自分は『ただひとりの人』に選ばれる ことはない――  そう悟った時から、自分の中での恋愛に対する姿勢が変わった。  ――ひと時の甘い思いや快感を楽しめれば良い。永遠に続くわけがないのだから――  と。  度々ファンに手を出してはすぐに別れる西本祐樹に、メンバーは呆れていたし、マネージャーの綾波も彼に散々釘を刺していた。 「祐樹。円満に別れてるなら結構だが、ファンにこれ以上手をつけるのはマズいぞ。執念深い女だったら血を見るからな。お前は一般人ではないんだ。メンバーやバンドのイメージ、レーベルにもお前の一挙手一投足が影響を及ぼす事を常に頭に入れておけ。   女が欲しいなら適当なのを見繕うぞ。どんな女がいいんだ?あ?」  ライブ後の楽屋で説教する綾波に、カッとなり胸倉を掴んだ時、スタッフの呼ぶ声がした。 「サインお願いしまーす」 「――はい」  西本は綾波から手を離し、反射的に返事をする。 「サインか?俺も行ってやろうか」 「お前みたいな悪人面が居たらファンが怖がる。絶対来るな」  凄むと、綾波は肩を竦めニヤリと笑った。  ――クレッシェンドは、世間的には爽やかなイメージで認知されている。   可愛くてドリーミーな歌詞、華やかなメロディー。  若くて爽やかで元気なメンバーが揃っていて、女子中高校生を中心に大人気――らしい。  背を向け乱暴にドアを閉めて、西本はフッと笑った。  ――何が爽やかだ。俺の考えている事も、している事もちっとも爽やかなんかじゃない。ごく当たり前の男の行動パターンを繰り返しているに過ぎないのに。  鏡の前に向き直り笑ってみる。  とりあえず今は、世間のイメージ通りの 『爽やかな西君』としてファンに接してひと時の夢を見て貰えばいい。  自分にそう言い聞かせ、ファンが待つ奥の楽屋へ向かう。  そこに彼女、ほなみが居た。
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