愛しい奏で

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 ――誰のファンなんだろう。誰が好きなんだろうか。  何故か胸がチクリと突かれるように痛む。  彼女は華奢な背中を向け、まだ一心に壁を眺めている。まさに穴が開くほど熱心に。  足音を立てずに、そろそろと猫のように、彼女に近付く。  身を屈めた時、艶やかな髪がさらりと揺れ、オフショルのシャツから滑らかな白い肩が覗いた。西本はドキリとして、深呼吸した。スタッフが来る気配がない事を確信すると、やれやれと苦笑する。  ――ファンにすぐ手をつける危険な西本祐樹と、丸腰の女の子を楽屋で二人きりにしていいのか?  自分が透明人間か空気になったのかと錯覚する位、彼女は西本の存在に気が付いていない。真後ろに立ち、手を頭上にかざしたり『くるくるパー』の仕種をやってみた。それなのに、彼女は壁に踊る文字たちに夢中だ。  無性に可笑しくなってきて、込み上げる笑いを必死に噛み殺しながら、彼女の後ろ姿を見つめていたが、不意に部屋の空気が振動して、西本は思わず息を止めた。空気が振動した――つまり、彼女が声を出したから。 「……すごい……」  たったひと声。それだけで、低くもなく高くもない心地好い声に一瞬で心を奪われた。   思わず声を掛けると、彼女は相当驚いたらしく、大きく肩を震わせる。  仕種がなんとも言えず可愛くて、西本はまた笑いを噛み殺しながら、目の前で揺れる艶やかな髪の薫りに酔っていた。少女にも、大人の女性にも見える。  いったい何歳なのだろう。
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