1042人が本棚に入れています
本棚に追加
ちぎれるように切ない思いを囁いても、たぎる欲望を身体でぶつけても、ほなみはそれに応えてはこなかった。
酔った様なまなざしで時折見つめて来るが、単に快感に溺れているのか、それとも、少しは好きと思ってくれているのか判断出来ない。
これ程手応えが分からないのは初めてだった。やるせなくて、絶望的な程に戸惑った。
ほなみは決して抵抗しない。「ダメ」「やめて」と、その唇から発せられるが、ふと背中に回される指に力が籠められる瞬間、西本の身体は熱くなり、彼女を求めずにはいられなかった。
別れ際の彼女の言葉が、まだ耳から離れない。
『ずっとクレッシェンドの、西君の応援をしてる』
ほなみまで……そんな風に俺を見切るのか?
俺の前を通りすぎていってしまうのか?
世を捨てたかのように放心する彼の様子に困り果てたのか、綾波がマンションに医者を往診させたことがあった。
医者は、西本と暫く話をしていたが、眼鏡を指でずらし、もっともらしく言った。
「歌えない、というのは、精神的なストレスから来ている可能性が高いですね。」
綾波と三広は、真剣な表情で医者の話を聞いていたが、西本は思わず笑い出した。
「はははっ!……決まり文句だよな。『ストレス』 ?
小一時間話をして出した結論がそれか?……ずいぶんなヤブ医者を連れてきたもんだ!」
三広は血相を変え、医者にフォローを必死にしていたが、綾波は口元を歪め笑いを噛み殺していた。
やり場のない怒りが込み上げ、医者と三広と綾波を部屋から追い出した。
(ストレス?ふざけるな!俺はただ、ほなみが欲しいだけなんだ。彼女の愛が欲しくて、叶えられずに苦しんでいるだけだ)
最初のコメントを投稿しよう!