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俺は岸智也。
家は、大きな会社を経営していて裕福で、物心付いた頃から手に入らない物は無かった。
学校の授業と家での少しの予習復習程度でも充分勉強も理解出来たし、テストの順位も一桁以外とった事は無い。
小さな頃から"ハンサムだね"と誉めそやされ、色んな場面において優遇されて来た様な気がする。
それは家が裕福な事が関係しているのか、この外見のせいかは分からない。
だが……自分には、「どうしても欲しい」と思う物もとくに無かった。
そんな俺が、生まれて初めて心底「欲しい」と熱望したのは、仁科ほなみ、彼女だけだった――
父は多忙で殆ど家には居なかったが、母はいつも家に居てくれた。"居てくれた"という言い方が正しいかは解らない。
息子の為だけに家に居た訳ではないだろう。
父の不在が多いため、家の事、学校の事、近所や会社関係での付き合いなどは母が一手に引き受けていた。
そんな訳で、母はいつも忙しそうにしていた。
俺は、何処に連れて行かれても、駄々をこねて困らせるという事も一切なく、行く先々で
「智也君はお利口だね」
「智也君は偉いね」と大人たちから声をかけられた。
俺は、周りの人たちに挨拶をし、母の用事が終わるまでは、好きな本を読んだりスケッチブックに絵を描いたりしていた。
母が出かける場所は、取引先の会社の社長宅だったり、付き合いがある家でのホームパーティーだったりした。
そして俺が通わされた英会話教室や、ピアノ教室での集まりでも、俺はいつも「大人しく行儀よく」振る舞っていた。
だが、同い歳くらいの子供と関わるのが自分は得意では無かった。
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