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2016年11月23日。雪。この日に雪が降るのは知っている。だけど、傘を持たずに出かけるのは僕にとっては決まり事だ。仕事に疲れた足取りで長い坂道を帰る途中、これから起こることについて考える。それは、過去に何度も体験したこと。
坂の上には小さな公園がある。公園のすみ、ベンチの下に黒猫がうずくまっているはずだ。僕は黒猫に声をかける。
「そんな所で、寒くないか?」
そして上着を脱いで猫に被せてやり、多少は温かくなるようにしてやる。黒猫の顔を覗き込むと、彼は語り出すだろう。
「私もずいぶん歳をとったものだ。こんなことに心動かされるとは」
黒猫は僕の上着にくるまり、顔だけをこちらに向ける。
「心優しき人間よ、歳経た黒猫の力で、オマエの恩に報いてやろう。時の流れとともに私が身につけた力、それは時を戻すこと。オマエが望むなら、好きなだけ時間を戻してやろう。違う人生を歩むのも一興であろう。どうする?」
坂道を登りながら、あの黒猫と初めて出会った時の事を思い出していた。何の望みもなく、ただ擦り切れた毎日を過ごしていた自分と、寒さに身を丸めるだけの黒猫の姿が重なって見えたのだ。だから、思わず助けたくなった。
その結果、猫に話し掛けられるとは。あのときは驚いた。
「え?」
混乱しながら黒猫をまじまじと見る。猫が、喋った? しかも、時を戻すと言ったか? まさかと思ったが、もしそんなことができるなら、と、沙希の笑顔が頭に浮かんだ。
そう、その時確かに沙希と別れた時の事を思い出していた。直後、猫の瞳に吸い込まれたような気がした。ふと気が付くと沙希と別れたあの日にいた。それが黒猫の力なのだ。本当に時間が巻き戻されたんだと気づくまでしばらくかかった。
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