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「別にいっつも私の事だけ考えていて、ってわけじゃないけど。もう、いいわ」
沙希が部屋を出ていこうとする。僕は、自分は口べただからとかなんとか、心の中でぐちぐちと言い訳を考えて……ダメだ、同じことを繰り返してどうするんだ! あせったなあ、あの時は。なにしろ、ここで引き留めないと別れてしまうと判っているのだから。
「待って! 僕は、その、上手く言えないけど、えっと、言えないだけで……いつも君の事を考えてる!」
まったく、何度思い出しても呆れるほど気の利かないセリフだ。それでも、その一言でなんとか僕たちはやり直すことができた。
それからしばらくは上手くいっていた。沙希には話さなかったが、あの黒猫のおかげだと僕は感謝していた。
だがその後、真剣に彼女を愛してるなんていうヤツが現れた。父親がどこだかの総合病院の医院長とかで、金持ちのうえにイケメンだった。僕はバイトで日銭を稼ぐただの貧乏学生で、親の威光なんてなかったし、自分自身に自慢できるところもなかった。こんなうだつのあがらないヤツといるより、金持ち息子とつきあった方が彼女にとって幸せなんじゃないだろうか。などと1人で勝手に考えてしまった僕は、沙希から身を引いた。
僕は坂の途中で立ち止まり、肩に積もった雪を払った。昔を思い出すと、恥ずかしさだけが静かに降り積もる。沙希の幸せを考えて、などと自分に言い訳して、結局、金持ちと張り合う自信がなかっただけなのだ。
それからは何をする気力もなく、フリーターをしながらその日その日を食い繋いでいた。本当に沙希のことを諦めて良かったんだろうか、と後悔しながら。
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