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「変なことしない?」
ぼくは引き寄せられるように、その、変なことをしてしまった。
唇を合わせたのだ。
結局、ぼくは理恵をそのまま自分の家に連れ帰った。
『色仕掛け』という言葉がある。
彼女には何か目的があって、ぼくに近づいたのだ。
だとしたら、それはいったいなんだろう。
不細工で劣等感満載のこんな自分の、いったいどこが気に入ったというのだろう。
これまで、自分がもてると思ったことは一度もないし、実際、もてない男としてずっととおってきたのだ。
ぼくはヨガの講座をやめ、茶道の講座のみに通うようになっていた。
大島の話では、ある噂が流れていると言った。
理恵と付き合うようになったので、先生を振ってしまったという噂だ。
しかも、理恵にそそのかされたからという尾ひれまで付いていた。
でも、理恵にそそのかされたわけでも、先生を振ったわけでもなかった。ただ、ヨガの講座をやめて先生に連絡をしなくなったというだけのことだ。
もっとも、先生とはキスはおろか手を握ったことさえもなかった。
ぼくの行動を苦々しく思っている人物ももちろんいた。
他人の妬みをかうというのは、どの世界でもいつの世でもあることだ。
ぼくと理恵は、注目の的、誹謗中傷の的になっていた。
しかし、先生とは交際半ばで終わってしまったことが少々心残りだった。
「先生とは別れたの?」
理恵はぼくに訊いた。付き合い始めてまもなくのことだった。
二人で食事に行った帰りの車の中でのことだった。
運転中だったし、返答に困っていると、理恵はこちらをじっと見ていた。ぼくの返事を待っている。
「うーん、はっきりとは……」
曖昧な返事をすると、理恵は唇をとがらせた。
「はっきりとは?」
「そういう別れ話とかって苦手なんだ。先生は結婚適齢期だし、なんか、その気になってたみたいだし、もし、別れようだなんて言ったら傷つくと思って……」
本当のことを言ってしまった。嘘でもいいから、ちゃんと別れ話をしたと言えばよかったのかもしれない。確かにぼくは先生に未練があったのだ。
「じゃあ、まだ付き合ってるの?」
「そんなことないよ。ヨガの講座もやめてしまったし。それに、付き合ってるっていっても先生とはきみたちが思っているような関係じゃなかったんだ。プラトニックだよ」
「ぷっプラ?」
「プラトニック、プラトニック・ラブだよ。ぼくらはもう関係を持ってしまったからプラトニックじゃないよね……」
「プップラトニックプッ……」
理恵は口をもぐもぐさせる。

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