至宝

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「いや、少し……元気がないように、思ったので……」  はあ? つかなに? 急に話しかけてきたかと思ったら俺に元気がないだと?  たしかに失恋して落ち込んでいる。だがそんなもの、顔にも態度にもこれっぽっちも出していない。 「そんなことありませんよ。俺は元気です」 「そうですか、すみません、変なこと言ってしまって」 「いえ、ご心配ありがとうございます」  それきり鱒崎は黙ってしまい、なにも語らず店を去っていった。  ただの気紛れか?  普段無口なヤツに急に話しかけられたせいか、なんだかドギマギしてしまう。  絶対に誰にも気取られないと思っていた内心の落ち込みを、見抜かれたことが腹立たしいような、嬉しいような。  それから店が立て込んで、俺はそんな会話も忘れて仕事に没頭した。
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