第三章『隠れ鬼』

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「トドメ、刺しますか?」  月彦が刀の柄に手を伸ばす。 「いや、手向けの花は僕らじゃ役不足……」  亜緒だって、気を遣うこともあるのだ。  後は任せよう。死の淵から帰ってきた黒衣の剣客に。 「で、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」 「何の話だ?」  亜緒が惚けたように月彦から視線を逸らす。 「ボクを今回の鬼退治に参加させた理由です」 「そりゃあ、今回のヤツは月彦抜きでは倒せなかったからさ」 「果たして、それは本心でしょうか?」  確かに『月下美人』でなければ隠(おぬ)にカタチを与えることは出来なかったかもしれない。  しかし、カタチが無ければ無いで雨下石 亜緒と渚 蘭丸なら何とかしてしまったのではないか?  そんな気がして月彦は納得がいかなかった。 「まさかボクに鬼と刃を交える経験を積ませたかった。なんて理由じゃないでしょうね?」 「なんだそりゃ。月彦は鬼と戦るのは初めてだったのか?」 「恥ずかしながら」  名前無く、姿形も無く、人の中に隠れている鬼などたかが知れている。  名前のある鬼はもっと賢く強かだ。術を使い、妖刀にも引けを取らない武器を持つ。  妖刀を持つ者ならば、本人の意思とは無関係にいずれ殺り合う日が必ず来る。 「だったら、良い経験になっただろう?」  確かに「妖退治」と「鬼退治」では随分と勝手が違った。  『月下美人』を受けても尚、あれだけ動ける身体能力の凄まじさと精神力のしぶとさは脅威だ。  重い精神的圧迫感と、僅かな油断が致命的となる戦い。  月彦が今回の鬼退治で学んだことは多い。 「貴方という人は、何というか本当に良く分からない……ですね」  月彦に鬼退治の特殊性を教えたかったのか。  それとも、単にラクをしたかっただけなのか。  やはり血は争えない。雨下石 群青と同じやりにくさを月彦は亜緒に感じる。  苦手なようで、嫌じゃない。という奇妙な感情。  そして、あれだけ不平不満を言いながらも蘭丸がこの青年と一緒にいる理由が何となく分かった気がして、月彦は少しだけ羨ましかった。
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