第三章『隠れ鬼』

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     18 『寂しい遊びの終わり』  整然とした学院の昇降口で北枕 石榴は困惑していた。  どうしても校舎から外へ出られないのだ。  強靭な鬼の力で押しても引いても扉が開かない。鍵は掛かっていようが問題ではない。  爪で切り裂こうにも効果は無く、まるで力そのものが吸収の後、飛散してしまっているようだ。  亜緒が張った結界は人なら出入り可能の、鬼だけを閉じ込める檻である。  既に石榴は人では無かった。自ら人であることを辞めたと云うべきかもしれない。 「その結界は貴女では破れないわよ」  背後から薄暗い声がした。  振り返る石榴は信じられないものを見て、腰が砕けたようにその場に座り込んでしまう。 「や、闇子さん……」  石榴が震える唇で名を呼ぶと、異形は狂気が宿った瞳を大きく歪ませた。 「御機嫌よう」  闇を引き連れて闇に彷徨う単眼の都市伝説。『闇子さん』。  彼女の瞳を二回見た者は永遠に闇の中に捕らわれるという。  その噂は当然、石榴も知っている。 「貴女は蘭丸を傷つけてしまった……」  闇子の声には珍しく倦怠の中に憂鬱が含まれていた。そして高揚に音が取って代わる。 「彼を傷つけて良いのは私だけなのにね」  石榴には闇子が何を言っているのか分からないが、そんなことは現在の状況に比べたら些細なことだ。  闇子が石榴の頭の上にそっと華奢な手を置く。  戦慄の中で石榴は自分の運命を覚悟した。本能が逃げられないことを強く告げている。  まるで足場の狭い崖の上から底の無い闇を覗き込んでいるような救いようも無い絶望感。  都市伝説というものは人が創り、人を縛る。消えることの無い呪いのようなものだ。  今日も何処かで誰かが彼女の話を口に乗せるだけで、闇子の存在は保証される。  消しても消しても、決して消えない影。  それが闇子という人格らしきものを持った存在意義だ。  石榴は声も消え去る永遠の静寂と暗闇の中へと堕ちていった。
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