第三章『隠れ鬼』

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 ボロボロになった血だらけの女袴。割れた眼鏡のレンズ。  三つ編みの片方が解けた乱れ髪を引き摺りながら、鬼が廊下を這っていた。  その姿はおぞましくも痛々しい。 「霞 月彦……人間が聞いて呆れる」  息も絶え絶えに鬼がほざく。  不死の体で妖刀を振るうなど、どちらがバケモノか分かったものではない。  妖刀と妖(あやかし)に相性というものがあるならば、実体を持たない隠(おぬ)にとって『月下美人』は最悪の相手だ。  斬り付けられさえしなければ、青い髪の人間が使った体術にも引けを取らない自信はあった。  今更考えたところで無意味な仮定の話でしかないが。  ――さて、何らかの原因によって受信機が壊れたとします。心が何も感じ取ることが出来なくなった状態です。 「人を殺しても平気でいられるほうが、それはもうバケモノよ」  誄の声だった。相変わらず、か細くて弱い。 「まだ消えていなかったのか……」  鬼の存在が揺らぎ始めたことで、誄の意識が切れ切れに浮かんできたのだ。 「私たちはもう終わりだわ」 「冗談ではない。まだ我には生き延びる手立てがある」  誄の体を捨てて別の依り代を手に入れる。  新しい体の中で休めば、もしかしたら回復できるかもしれない。  もちろん状況は変わらないかもしれないが、何もしないで消えてゆくなら試してみる価値は充分にある。  そのための眷属、北枕 石榴であった。  だが、既に誄の代わりは永遠の闇の中に居ることを鬼は知らない。 「あはは。私、もうボロボロだね。こんなんじゃあ、もう蘭丸さんは私を見てくれないよね」 「誄?」  様子がおかしい。  バルコニーまで来て、鬼はやっと違和感に気づいた。体が己の意思に反して動いていることに。    ――それでも発信機のほうは生きています。思考して肉体に命令は出来る状態です。
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