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「雨先生が教えてくれた。心が死んでも思考は生きているって」
「何を言っている? 何をする気だ!」
誄の心(受信機)は壊れても、思考(発信機)は辛うじて生きていた。
誄は最後に残された時間を使って自らの体を動かしている。
バルコニーへの扉を開けると、風がもう一方の三つ編みを解いた。誄の髪が儚げにゆるゆると流れる。
「ここから飛び降りても死ぬことは出来ぬぞ! オマエの体は人のそれとは違うのだから」
「そう。私はバケモノだから、殺してもらうの」
なけなしの力を振り絞って手摺りをよじ登ると、下には墨色の着流しを着た剣客の後姿があった。
薄暗い世界の中心のように佇む青年は、さながら黒い沈黙だ。
「妖……殺し……」
天敵を前にして鬼は誄の中で震えていた。ただ、ただ、震えて縮こまっていた。
偶然ではない。蘭丸は鬼が出てくる場所を亜緒に教えられて知っていたのだ。
逆に誄がバルコニーまで来たのは偶然だった。何となく、此処へ来れば会える気がした。
「蘭丸さん、私……」
続く言葉を飲み込んで、誄はバルコニーから身を投げた。
同時に蘭丸の白く細長い指が『電光石火』の柄に掛かると、誄は何処か遠くで雷鳴の音を聞いた気がした。
それは誄にとって、祝福の鐘の音と同義だったかもしれない。
電光一閃。彼女の体は地に衝突する前に霧散して無くなった。
蘭丸は少しだけ目を閉じた後に刀から指を離すと、振り向くこともせずにゆっくりと場を立ち去ってゆく。
目的は済んだ。最早この学院に蘭丸の居場所は何処にも無くなったのだ。
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