第三章『隠れ鬼』

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「これでやっと柄(がら)にも無いことから開放される」  帰り道で亜緒は安堵の息をついた。 「残念ですわ。教卓に立つ兄様、なかなかサマになってましたのに」  ノコギリが亜緒の背におぶさりながら含み笑う。  『渦潮』を使った体力が回復せず、まだマトモに歩くことが出来ないのだ。  闇子と月彦は事が済むなり何処かへ消えてしまった。  二人とも用件の無くなった場所にいつまでも留まるタチではない。  それは亜緒や蘭丸も同じだ。  『左団扇』という彼らの居場所へ帰る頃合いだった。  ――果たして鬼は誰だったのか。  自身の弱さに負けて契約した誄か。  イジメを行った一部の生徒か。  見て見ぬふりをした周囲か。  知っていて何もしなかった担任か。  或いはその全員か。 「人間なんて弱くて当たり前なんだ。だからこそ、弱さを克服することに価値が出るのさ」  ノコギリは救われる思いで亜緒の背に顔を埋めた。 「オマエが言うと説得力が無い気もするが……」  蘭丸がいつものように相方へ呆れたような言葉を返す。  何処からか吹いてきた風に夏の気配を感じて、蘭丸は一度だけ来た道を振り返った。  鬼は誰の心にも、自分の心の中にも棲んでいることを自覚しながら。
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