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「これでやっと柄(がら)にも無いことから開放される」
帰り道で亜緒は安堵の息をついた。
「残念ですわ。教卓に立つ兄様、なかなかサマになってましたのに」
ノコギリが亜緒の背におぶさりながら含み笑う。
『渦潮』を使った体力が回復せず、まだマトモに歩くことが出来ないのだ。
闇子と月彦は事が済むなり何処かへ消えてしまった。
二人とも用件の無くなった場所にいつまでも留まるタチではない。
それは亜緒や蘭丸も同じだ。
『左団扇』という彼らの居場所へ帰る頃合いだった。
――果たして鬼は誰だったのか。
自身の弱さに負けて契約した誄か。
イジメを行った一部の生徒か。
見て見ぬふりをした周囲か。
知っていて何もしなかった担任か。
或いはその全員か。
「人間なんて弱くて当たり前なんだ。だからこそ、弱さを克服することに価値が出るのさ」
ノコギリは救われる思いで亜緒の背に顔を埋めた。
「オマエが言うと説得力が無い気もするが……」
蘭丸がいつものように相方へ呆れたような言葉を返す。
何処からか吹いてきた風に夏の気配を感じて、蘭丸は一度だけ来た道を振り返った。
鬼は誰の心にも、自分の心の中にも棲んでいることを自覚しながら。
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