第三章『隠れ鬼』

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     エピローグ 『さよなら、また明日』 隠れ鬼(跋)から眠り姫(序)  丑三つ時のこと。  子芥子女学院のバルコニー下で人影が動いたのを、季節も早い夜光虫が気づいた。  風が穏やかな夜で、空気には少し湿気の分だけ重みがあった。 「優しい娘だね。自分が死んだことよりも、鬼を呼び込んでしまったことに責任を感じて向こうへ逝けなかったんだね」  雨下石 亜緒は誰にも気づかれずに『左団扇』を抜け出して、忘れ事の後始末に来たのだ。  薬師寺 範子は俯いていた顔を上げた。  虚ろな瞳が不安そうに辺りを泳いでから、目の前の青い髪と瞳の青年へと辿り着く。  真面目そうな目元と、その下に繋がる口元の結びは亜緒に努力家の一面を窺わせた。 「もう大丈夫だ。此処に鬼は居なくなったから。だから、君はどうか安らかな心で君の逝くべき処へお逝き」  癖のある髪が風に撫でられると、少女は一つだけ涙を零した。 「ほら、抱きしめてやるから……」  飾らない笑顔で微笑むと、薬師寺 範子を縁取る輪郭は夢幻となって消えた。  闇の最も暗い場所から、気づかれること無く亜緒を観察している人物が居た。 「あきまへんなぁ。亜緒くん、いつからそない丸くならはったんどす?」  夜に靡く銀髪と蒼白の肌。赤紫色に光る瞳は少年の素性が只者で無いことを物語っている。 「そない甘いことでは、近いうちに死ぬことになるで」  年の頃、十五、六といった端麗な顔に狂気の笑みが浮かぶ。 「紫(むらさき)様、そろそろ……」  精悍な雰囲気を持った青年が良く通る声で彼の名をバラす。 「もうそないな時間か。ほな、行こか。沃夜(よくや)」  サイズの合っていない紅藤色の着流しから肌けた肩と鎖骨を闇に見せ付けながら、退廃的な空気を纏った少年と凛々しい逞しさを持った青年は暗幕の奥へと消えた。
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