第四章『蛟を祀る一族』

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 もう一人は品格漂う二十歳前後の青年だが愛嬌というものがまるで無く、精悍な顔を無に沈めている。  こちらは紋付の袴で茶会の礼を弁えているが、場にそぐわない堅苦しい雰囲気を周囲に与えていた。  名を沃夜(よくや)といって、紫の御付きということだ。  最後の一人は孔雀緑の着流しを纏った妖刀『月下美人』の所有者、霞 月彦。  相変わらず柔らかい笑みを絶やさず、群青の傍に控えている。  彼も茶会に着流しと礼儀を知らずだが、これは群青自身が月彦に無理言って同席させているのだから良い。  結局、群青にしても部外者を呼んでいる時点で礼儀など無視しているわけだ。  この茶会は礼の席ではなく、互いの駆け引きの場であるのだ。 「それにしても、これだけ若い当主は紅桃林家始まって以来のことでしょうね」  雨下石家の当主は極めて意地の悪い笑みを紫に送った。  紫は紅桃林家、当主交代の挨拶に群青の元を訪れた。というのが表向きの理由だった。  切れ長の目元の奥に宿るアズライトのように禍々しく光る瞳には、年齢に相応しくない妖艶を放つ少年の姿が映っている。  今日に限っては目隠しなどしていない。する必要がない。  群青の瞳に当てられて命を落すようなら、紅桃林の当主など初めから務まる器では無かったということだ。 「先代が亡くなってしもた以上、仕方あらへん仕儀どした」  紫は表情に影を作ったが、声は妙にあっけらかんとしていた。  闇の棲む領域が多いこの世界では、妖退治もごく普通の商売としてある。  東の妖事を取り仕切っているのが雨下石家であり、西を仕切っているのが紅桃林家というわけだ。  雨下石家は鵺を祀り、紅桃林家は蛟(みずち)を祀る。  いわば両家は合わせ鏡のような存在である。  しかし東と西では退治屋同士の小さなイザコザが絶えず、両家間の仲もあまり宜しいとはいえないのが現状であった。
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