第四章『蛟を祀る一族』

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「先日、隠(おぬ)がそちらへ逃げてきたでっしゃろ?」  茶を点てるノコギリの所作に余計な仕草が入ると、群青は紫に向かって「何のことやら?」と惚けてみせた。 「アレは元々こっちの管轄やし、余計な手出しは無用でお願いしたかったどすなぁ」  群青が知らないわけが無いのは紫のほうも重々承知のことだ。 「しかし、ウチの愚息でも何とかなった雑魚にいちいち目くじらを立てることもありますまい」  逃がすほうが阿呆なのだと群青は無言で紫を冷笑する。 「それに、ソッチはソッチでそれどころではなかったでしょう?」  群青の笑みは如何にも意味あり気だ。紫が自分の父親を殺して家督を奪ったことを当然知っているのだ。 「まぁ、そうなんやけど……」  紫の顔からあどけなさが消えて、笑みは不敵へと変わった。いつの間にか足も崩している。  着物の衿下から覗く艶かしくも白すぎる足がノコギリの目のやり場を奪う。 「それに霞 月彦無しの貴方には荷が勝ちすぎる案件だったのでは?」  群青が月彦の肩に手を置く。妖刀『月下美人』はコチラの手札だと暗に知らしめているのである。  紫も霞 月彦には一目置いている。  『月下美人』は有るのと無いとでは、根本的に取れる策が変わってくるほどの刀だ。  こと妖相手には、その意味することろは大きい。 「紫様、そろそろ……」 「もうそない時間か」  沃夜が小さく頷くと紫は茶の席を立った。 「おや、帰ってしまわれるのかな?」 「こっちにも都合と云うものがありますのや。亜緒くんに宜しく」  ずれた襟元を細い指で直すと一礼して客人は去った。
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