第四章『蛟を祀る一族』

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     2 『閑古鳥』  黒い太陽が照らす住宅街の中、民家に混じって変哲も無い木造建築の二階建てがある。  『左団扇』という看板が掛かったその家は、妖退治を専門に手掛ける店であった。  雨下石 亜緒は『左団扇』の経営者だ。  青い髪に青い瞳が印象深い洋装の青年は、座敷に横になったまま足を組んでいる。  まるで何もやる気が起きないというふうに。  その傍らで正座をしている墨黒色の着流しを身に纏った青年。  渚 蘭丸も同じく『左団扇』の経営者だ。  流れるような長く黒い髪を後ろに結った青年は色白で、まるで女性と見紛うほどの美青年だ。が、膝の前に置かれた刀からは彼の見かけとは裏腹に禍々しさが感じられた。  二人が無言で考えていることは同じ案件であった。  ――仕事の依頼が来ない。  妖退治『左団扇』には今日も閑古鳥(かんこどり)という妖が鳴いているのだった。  夏影の中、風鈴が鳴った。  この世界の夏は強い日差しとは無縁なので比較的過ごしやすい。うだるような暑さが無い。  だから夏は人が一番行動的になる季節でもあった。  とはいえ、夏という言葉に相応しい空気の気だるさのようなものはあって、体を動かせば汗もかくし涼が欲しくなる。  もっとも、亜緒と蘭丸が今欲しているのは先立つものだ。  金が無ければ生活そのものが立ち行かない。  当たり前だが生きていれば腹は減るのだ。 「蘭丸……」  亜緒が三時間ぶりに力無く口を開いた。その後に空腹を告げる音が座敷に鳴り響く。 「蘭丸先生……御飯作って……」 「もう家には米も味噌も醤油も無い。ついでに言えば金も無い!」  蘭丸は正座したまま語気を荒げた。  この三日間、蘭丸は亜緒から同じことを何回も言われているのだからいい加減ウンザリもする。 「そんなこと言って、何処かに金を隠し持っているんでしょ? 蘭丸先生、そつが無いから」 「家に貯蓄と呼べるモノは何も無い」  蘭丸は自分で言っていて情けなくなる。 「じゃあ、ノン子からお金を借りてこようか?」 「オマエには兄としてのプライドというものが無いのか?」 「生憎と生きていくのに不便そうな感情はアッチへ置いてきたんだ」
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