第一章『黄泉帰り』

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 店の名前を付けたのは亜緒だが、依頼など滅多に無く実際は閑古鳥が鳴きまくっている状態であった。  亜緒がいきなりクスクスと笑い出す。 「なんだ気持ち悪いな。空腹が頭にまで回ったか」 「いや鵺がね、左団扇どころか『前途多難』や『風前の灯』といったほうがシックリ来るってさ。上手いこと言うと思って」 「まったく笑えん! 前から聞こうと思っていたのだが、その猫は人語を話すのか? 俺にはニャーニャー鳴いているようにしか聞こえないのだが」 「鵺は僕の猫だからね。基本、僕にしか話しかけないのさ」 「人語を使って飼い猫と意思疎通出来ているつもりになっている飼い主はいると聞くが、まさかオマエまでその類とは思わなかった」 「そんなこと、今此処で言い争っても仕方ないだろ。それより客が来なければ、僕たち揃ってこの家で飢え死にするぞ」  腹が減っていると、普段気にならないことも言い争いの原因になったりするものである。  突然来客を告げる呼び鈴が鳴る。 「客か!」  亜緒の期待と願望が声になる。 「借金取りかもしれないから迂闊に出るな!」  一方で蘭丸は慎重である。  呼び鈴一つ取っても二人の受け取り方は異なる。  慎重に覗き穴から来訪者の様子を確認する。 「学生のようだな」  蘭丸が門前に立つ少年の姿を認めて言う。  近隣の学園の制服を着ている。 「なんだ学生か」  亜緒が繰り返した。  二人のテンションが急速にダウンしてゆく。  学生では金回りに限界があるからだ。  しかし、客を選り好みできる現状ではない。  二人は頷き合うと勢い良く扉を開けた。 「藤野宮(ふじのみや) 宗一郎(そういちろう)と申します。両天秤学園の学生なんですが……ちょっと、いえ……かなり困ったことになっていまして」  二人はもう一度頷き合った。  学生ではあるが、客であることも完全に確認できたからだ。 「ウチにやってくる客は大抵困っているよ」  亜緒は宗一郎を客用の座敷へ通した。  かしこまって座布団に座る少年は、緊張と多少うろたえた様子で落ち着きなく見えた。  真面目そうに見えるのは、眼鏡を掛けているせいだろうか。  着崩さずに着用している制服のせいだろうか。  出されたお茶……ではなく、水の入ったコップをマジマジと見つめている。 「さて。一体どのようなご用件かな?」  バツ悪そうに蘭丸が話を促す。
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