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少年の事情には感心無さそうに、亜緒は鵺を膝に乗せた。
「現子の心音が消えて脈が無くなるのを確認した後、僕は十分くらい傍らで現子に愛を囁きました」
「死んでいる人間に愛?」
鵺を撫でながら亜緒が嗤う。
「人は心停止してからも、脳が十分くらいは活動しているらしいんです。特に聴覚は残るらしくて」
それはまるで闇に囁くように甘美な一時だったと宗一郎は興奮気味に話した。
「でも彼女は、翌日何事も無かったように普通に登校してきたんです」
辻褄の合わない現実に混乱したという。
昨夜の出来事は夢だと思い込もうとしても、両手に残る生々しい感触が現実だと訴えている。
何か普通では考えられない異常な事態が、自分か彼女に起こっている。もしくは両者に。
そんな出るはずの無い答えを探しているうちに夜になり、闇が濃くなった頃に部屋の扉を叩く音がした。
「言い忘れていましたが、僕アパートで一人暮らしなんです」
誰かと尋ねると、外から聞こえたのは死んだはずの現子の声。
「次は宗一郎くんが死ぬ番だよ」
言ってから少女は、鍵の掛かった鉄製の扉ごと力任せに抜き取ってしまったという。
「それが本当なら、人の出来ることではないな」
蘭丸が亜緒を見ながら言う。見当はついているというふうだ。
「事実ですよ! 今ならまだアパートへ行けば証拠がそのまま残っているはずです」
「いや、信じるよ。これはアレだな」
亜緒が蘭丸に視線を投げた。
「黄泉帰りだな」
「よみがえり?」
「黄泉帰り。甦りとも書く」
蘭丸がメモ用紙に漢字を書いて宗一郎少年に見せた。なかなか達筆である。
「死者が周囲からは生きているように見える。または振舞う現象のことだ」
「そんなことが現実にありえるんですか?」
「起こりえるから、君はこうして僕らのところへ来たんでしょ」
亜緒は欠伸を一つ挿んでから、「まぁ一種の呪術のようなものなんだけどね」と続けた。
「これは人の世の法則から外れた現象だ。とはいえ、黄泉帰ってきた人間が死ぬ以前とまったく同じなら問題は無いが、じつは大きく異なる厄介な点が二つある」
蘭丸が無意識に刀に手を伸ばした。
「それは……なんですか?」
宗一郎は大きく息を呑んだ。
「一つは自分を殺した人間を必ず殺そうとする。もう一つはその目的を遂げるまで黄泉帰りは死なない」
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