永禄沙汰

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「同じ宗門の方でしょうか」 「はい。今日は和尚にお伝えしたいことがありこのような時分に罷りこしました」 「そこは冷えますから。中にお入りなされ。桃丸、書院へご案内しなさい」 赤赤と火が起こされた書院でふたりは改めて向かい合った。 「わたくしは龍谷(りゅうこく)と申します。龍谷寺という小さな寺の住持でございます」 「そうですか。今までご挨拶も差し上げずお許し願いたい。して、わたくしに伝えたいこと、とは」 そう言われて、龍谷という青年僧は、1月5日に瑞龍寺に三派の僧たちが集まり、別伝の行いについて義龍に訴状をあげる相談をすることを手短に話した。別伝は話を聞きながらあまりの性急・強引なやりように驚いた。 「・・・・・・それでわざわざお越しくだされたのですか。ありがたいことでございます」 別伝は丁寧に礼を述べた。 「でもなぜわたくしに教えてくだされましたのか」 「それは。わたくしも兼ねてからあの布教の仕方や信者のあり方には疑問をもっておりましたのです」 別伝はそれを聞いて深く頷いた。 「我らの宗旨は易行ではありませぬからね。極楽往生を求めるものでも、現世利益を求めるものでもない。まして課役逃れのために形だけ僧になるなど・・・・・・。当たり前のことを申し上げただけなのだが。随分と風当たりがきつうて。長良川あたりからの」 と最後は苦笑まじりに快川紹喜のことを非難した。 「この龍谷、5日には参りますが、存念を申してやろうと思うておりまする」 「同じ心の持ち主がこの美濃の国にもいたことを心強う思います。なにとぞお気を付けなされませ。どうにも山賎(やまがつ)のように気が荒い者が多いようです。お屋形様には貴殿のことお伝えいたしましょう」 それからしばらくの間、京のことなどを話して龍谷は伝燈寺を辞去した。 後に残った別伝は滅多に見せない厳しい顔をして黙然と座っていた。 同じくもう新年が明日と迫った尾張、清洲城。正月の準備が全て済み、隅々まで磨き建てられ、調度も新年用のものに替えられている。 帰蝶の居間では侍女を集めて、酒や料理が振舞われていた。 荒尾から戻ってきた市姫も同席している。 「皆、今年一年ご苦労様でした。いつもどおりですけれど食べておくれ。明日も当番のものは飲みすぎませんようにね」 と帰蝶が笑顔でねぎらいの言葉をかける。
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