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「奥もくるか」
「奇妙も一緒でよいかしら」
「好きにせよ」
「さ、細川殿、我らは先に参ろう。奥の支度を待っていては的がみえなくなる」
「よいですな」
藤孝はさっと座を立った。十兵衛が取り残された。
「妻木殿。あちらへいらっしゃいませ、ご遠慮なさらず。わたくしに何かありますか」
十兵衛は言い出そうか言い出すまいか迷っている。
「な、妻木殿。いまので知れたでありましょう。当家にては遠慮は無用です。殿もわたくしも直言してくれる者を拒んだりはいたしませぬよ」
帰蝶は穏やかに続けた。
「それともご妻女のことか。わたくしに預けまするか」
十兵衛は驚いたように帰蝶をみつめた。
「近江では浅井と六角に不穏な動きがあると聞いている。美濃は龍興になってから治まらない。というて将軍家は失礼ながら何もお持ちでないから頼れない」
「さような話、どこから」
帰蝶はふふっと目を細めただけで更に続けた。
「そして細川殿にもこれ以上の迷惑はかけたくない。いや引け目を感じたくはない。違いますか」
十兵衛が何か言おうと、重い口を開いたとき、
「おい、妻木。何をしている、そなたがおらぬと始まらぬではないか」
信長が騒々しく引き返してきて、帰蝶がいるのに目をとめた。
「またお前は。もう奇妙はいいから一緒に来よ」
「でも、あなたが撃っているところを見せた……」
「おい楓、奥へいって奇妙を連れてまいれ。あやも三七も一緒で構わぬぞ」
控えていた楓が立ち上がりすぐに奥へと向かった。
「最初からこうすりゃいいだろう。全く。ほれ、行くぞ」
帰蝶は夫に笑いかけながら、
「妻木殿、かような家ですから遠慮は御無用になされ。奥方の件、いつなりと」
といって自分も打掛の裾を翻すと信長のあとを早足で追っていった。
慌てて十兵衛もその後に続いた。
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