君の名前

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「結乃。ちょっとお使いに行ってきてくれない?隣町まで、竹屋のお饅頭買いに」 土曜日の午後、手持ち無沙汰な結乃を捕まえて、母親 がお使いを頼んできた。家にこもっていても気が滅入るだけなので、結乃は散歩がてらお使いに行くことにした。 季節は、結乃の心を置き去りにして進んでいる。明るい日射し、芽吹き始める道路脇のタンポポ。街のどこかしこに春の息吹が感じられて、結乃はもっとそれを探し求めるように公園へと立ち寄った。 木々が生い茂り、ランニングコースや芝生の広場がある人々が憩える場所。隣町とはいえ、これまで結乃はここへ来る機会がなく、とても新鮮な気持ちで公園の中を歩いた。 芽吹く前の木々の枝々の上、青い空に白い雲がゆっくりと流れていく。そんなありふれた風景を見ても、敏生のことを思い出して、心が震える。 涙が零れてしまいそうになり、結乃がとっさにうつむいたときだった。どこからやって来たのか、一匹の猫がまるで慰めるように、結乃の足元にすり寄ってきた。 「なぁに?君も、寂しいの?」 抱き上げてその頭を撫で、顎の下をくすぐってやると、満足そうに喉を鳴らしてくれる。そういえば、あのとき敏生に拾われていった子猫も、この猫とそっくりな茶トラの猫だった。
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