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「――だからね、ワタシ達にあの子を頂戴よ!」
「あの子を差し出せば、親分も満足する!」
料理店を営む青い眼玉の山猫達がにゃあにゃあと大騒ぎする。オオカミは――僕はそれを、鬱陶しげに眺めていた。
「駄目だよ」
淡々と僕は返すが、山猫達はそれを聞こうとはしない。
「綺麗に汚れを落としてさ!クリームを纏わせて、香料を振りまいて、塩を塗って……今までの何より素晴らしい料理ができそうだ!」
「付け合せの菜っ葉もよく塩で揉んでさ!……でもサラダじゃつまらない?この際フライにしちゃおうか!」
「いや待て、あんな美しいものなら、もういっそのこと豪華なデザートに……」
僕の言葉はお構いなしに山猫達の楽しそうな談笑――即席の料理案の会議は延々と続く。嗚呼、煩い。あの子を食べる?女神に等しい少女を食べようとするなんて、なんて罰当たりな猫なのだろう。腹の中で渦巻く憎悪に耐え切れず、僕は口調を強めて再度、無礼な山猫達に拒否の意を、警告を示した。
「ねぇ。僕はね、そんなに気が長い方じゃあないんだ。これ以上あの子に怪しい事をするなら、僕が許さないよ」
無意識に狩猟者の目で睨んでいたのか、それとも鋭い爪を持つ腕を、もしくは噛みしめた口から牙が垣間見えたか。原因は分からないけれど、見れば猫たちは完全に怯えていた。警告とは言え、そこまで脅すつもりはなかったのだけれど。
「や、やばいよ、猟犬にだって敵わないのにオオカミ怒らせたら……!」
「これって、料理されるのはワタシ達の方じゃないの!?もう別のひと探そう!?迷子の太った猟師とか!」
「ふん、あんただって同じ穴の貉の癖に!」
怯えた山猫達は口々にそう叫ぶとスタコラと逃げ出した。酷い言われようだったが、追いかける気力は毛頭なかった。あの子の平穏を保てただけで満足だったから。
嫌われ者で結構。怖がられて結構。僕はどうせオオカミなのだから。他のオオカミと違うところがあるとすれば……ただひとりを愛するだけで、愛されるだけで、僕は十分なんだ。
「さて、帰ろう。遅くなると赤ずきんが心配する」
くるり、と僕は身を翻し、森の中へ入っていった。目指すは森の最奥、白い花の咲き乱れる花畑。そこで僕の帰りを待っている、愛しい、可愛い――
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