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杖の音を懐かしいと思った時には、彼は別の場所にいた。
全面ガラス張りの温室だった。外壁は滝のように雨で濡れている。室内は魔術に必要な植物で集められていた。巨大な多肉植物を背にした瀟洒なテーブルが、マリマリの執務スペースだ。
マリマリは七十前後の小柄な魔女だ。彼女に近寄ると、彼はいつもくしゃみが出そうになる。マリマリは、たっぷり花粉をつけた大輪の花のにおいをまとわりつかせているのだ。
隣の椅子は、マリマリの髪色と同じ灰色の雌猫に与えられている。猫は四肢を揃えて、驕慢な目つきで彼を見上げていた。
彼は十七、八の青年に見える。短く刈り込んだ髪は黒く、汗と埃で汚れていた。灰色の猫と同じ金色の瞳は鈍く光っている。
「おまえに新しい相棒をくれよう」
彼は、間髪入れずにマリマリの言葉をはねのけた。
「いらない。僕にはニナだけだ」
座ったまま尻尾を立てる猫の背に、マリマリは「およし」と声をかける。
「おまえを許すわけではない。新しい罰だ」
「罰なら仕方がない」
彼は力なく笑った。
「少々厄介な子だ。あの子が魔法を使わないよう、見張ってほしい」
手招きして近くに寄せた彼の手をマリマリが撫でると、見えない手枷が消えた。
「わからないことは、准将にお聞き」
マリマリは、彼の爪先を軽く踏んだ。
彼の体が足から消えていった。
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