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「へえ。柊斗さん、一人暮らし?」
すっかり相手のペースに流されて着いてしまった1LDKのマンション。
「んー、まぁ」
「でも指輪してんじゃん」
「あー…結婚は、してるから」
聞かれるまで忘れてた指輪の存在。
そう、結婚してるんだ俺。
2年前に結婚した菜々子との家は別にある。
別居中、ってやつ。
別に喧嘩した訳でもなんでもない…てか喧嘩にすら、なってない。
菜々子は父の知り合いの一人娘で、ほぼ親同士が決めた結婚だった。箱入り娘として大切に育てられた菜々子は傍から見れば上品で可憐な美人だった。
だからなのか、大切にしなくちゃと、守らなくちゃと思ううちに手を出すタイミングを見失い、俗に言うセックスレスになってしまった。
嫌いになんてなってないし、今も家族としては大切だと思ってる。
でもこんな俺のために色々と努力する菜々子を見るのが辛くて「仕事終わりが遅くて終電を逃す事があるから」とマンションを借りた。
もちろん菜々子もこの部屋の鍵を持ってるし、俺もたまには家に帰ってるけど。
離婚なんて出来ないんだから、うまくいくにはこれしかない。
「ふーん。まあどっちだっていいけど」
「…聞いといてそれかよ」
呑気な顔で適当に部屋を見回す横顔は、やっぱり少し幼くて。
「…お前さ、」
「ゆい」
「は?」
「俺の名前、唯ってゆーの」
「…唯はさ、」
「ん?なーに柊斗さん」
お前と呼ばれたのが嫌だったのか、教えてもらった名前を呼ぶと嬉しそうに近づいてきた。
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