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「和弘、次は世界を狙うぞ!」社長はぎらぎらした目で彼にそう告げた。
今や社長は名誉欲と金銭欲に突き動かされる獣だった。
そしてワールドツアーが始まった。韓国を皮切りに中国へ。それからインドを抜けて中東を巡り、ヨーロッパを横断する。大西洋を超え、フィナーレはサンフランシスコで迎える予定だ。
世界を一周する大公演旅行である。社長も、妻の裕美も、同じ事務所に所属するミュージシャンたちも......誰もが皆、希望と熱気に満ち溢れていた。
ただ一人、和弘を除いては。
どこの国でも彼は熱烈な歓迎を受けた。あらゆる人々が「細雪」に耳を傾け、その歌声に涙を流した。外国メディアの反応は、好意的なものばかりだった。辛口で知られる音楽ライター達すら、こぞって「細雪」を絶賛した。
「細雪」の何がそこまで人々を熱狂させるのか。理解できないのは和弘だけだった。かつてこの曲を酷評した日本の音楽マニア達でさえ、立場を180度変え「細雪」を褒めちぎった。
彼は孤独だった。
誰かひとりでいいから、自分と一緒に「細雪」を否定して欲しかった。
だが、そんな人間はこの世界のどこにも見当たらなかった 。
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