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彼はギターを抱えて街を歩いていた。
頭がうまく働かない。自分が誰だったのかすらはっきりと思い出せない。
ただひとつ覚えているのは、1曲の歌だ。とても長い間彼はそれを歌い続けてきた。
何度も何度も歌っているうちに、はじめの歌詞を忘れてしまった。今ではもう、言葉になっているかどうかすら怪しい。
来る日も来る日もかれはその歌を歌った。
時折、自分の歌を気に入ってくれた人が、ギターケースの中にお金を入れてくれることがあった。彼はそれが嬉しかった。それは生活の糧となる以上に、彼の心を温めてくれた。
今日も彼は路地でその歌を歌っていた。
その日は若い男が歌を聞きにやってきた。
ひどく憂鬱そうな顔をしている。何かあったのだろうか?
自分の歌を聞いて、少しでも元気になってくれればいいと彼は思った。
男は10000円札をギターケースの中に入れていった。
そんな高額を貰うのは初めてだった。
彼は深々と頭を下げ、礼を言った。
男は何も言わず去っていった。
どこかで見覚えのある顔だ。
だが、誰だったろう?
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