EPILOGUE

3/3
前へ
/26ページ
次へ
彼はギターを抱えて街を歩いていた。 頭がうまく働かない。自分が誰だったのかすらはっきりと思い出せない。 ただひとつ覚えているのは、1曲の歌だ。とても長い間彼はそれを歌い続けてきた。 何度も何度も歌っているうちに、はじめの歌詞を忘れてしまった。今ではもう、言葉になっているかどうかすら怪しい。 来る日も来る日もかれはその歌を歌った。 時折、自分の歌を気に入ってくれた人が、ギターケースの中にお金を入れてくれることがあった。彼はそれが嬉しかった。それは生活の糧となる以上に、彼の心を温めてくれた。 今日も彼は路地でその歌を歌っていた。 その日は若い男が歌を聞きにやってきた。 ひどく憂鬱そうな顔をしている。何かあったのだろうか?  自分の歌を聞いて、少しでも元気になってくれればいいと彼は思った。 男は10000円札をギターケースの中に入れていった。 そんな高額を貰うのは初めてだった。 彼は深々と頭を下げ、礼を言った。 男は何も言わず去っていった。 どこかで見覚えのある顔だ。 だが、誰だったろう?
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加