曇りのち雨、ところにより猫

16/20
前へ
/20ページ
次へ
「ふー」小さな生き物はよろめいてはいたが、まるで主人を守ろうとするように、真っ直ぐ雅刀に向かってくる。足に小さな牙を立ててきた。 ――生意気な。 雅刀は猫を容易く持ち上げて片手で喉を掴んだ。小さな手で雅刀のジャケットに爪を立て、足をじたばたとさせる。闘志を失わない丸い目が、やけに苛立ちを煽った。知らぬ間に手に力がこもる。 「み……」 それでも誠司に危険を知らせようとしているのか、鳴き声にすらならない掠れた音を喉から出す。爪が柔らかな首筋に食い込んでいく。子猫はとうとう抗う力もなくし、四肢をだらりと垂らした。 雅刀はそれをゆっくりと床に下ろし、汗ばんだ手のひらを服で拭った。 「……ちくわ?」 部屋の奥から男の声がした。 ――早く行動に移さないと。 電気を点けようと、誠司がベッドから身体を起こす。雅刀はポケットからナイフを取り出した。折り畳まれた刃を起こし、誠司めがけて突進した。瞬間、蛍光灯が煌々と光った。  一直線に突き出されたナイフをすんでのところでかわし、誠司は驚きの目を向けた。 「お前は……!」視線が宙を泳ぎ、玄関付近で止まった。 「ちくわ?!」咄嗟に動かなくなった子猫に近付こうとした誠司に向かって、雅刀はナイフを突きつけた。 「なんの力も無いくせに、何度もしつこく向かってきやがるから、絞め殺してやった」  雅刀が事も無げにそう言うと、寸刻前まで悲しみをのぞかせていた誠司の目に怒りが滾った。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加