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――嘘だろ?
掌のピンクの肉球を見つめながら愕然とする。一体なぜ。そもそもなぜこんな所にいたんだ。思い出せ。
頭はぐらぐらしてどうにも記憶が戻ってこない。絶望的な気持ちのまま、プルプル震える細い四肢で体を支える。草の露でじっとり濡れて、死にそうに不快な気分だ。とにかく、訳の分からないこの状況から脱したかった。
助けを求めて鳴いてみた。やはり掠れた仔猫の声だったが、悲しくて不安でとにかく鳴き続けた。もう立っているのもやっとで、目の前が暗くなる。
ふと草を踏む音が聞こえ、目の端に大きな影がヌッとあらわれた。いきなり純平の体は両脇から温かい何かに包まれ、すくい上げられた。
ぼんやり霞む目で、その人影を純平はじっと見つめる。まだ若い青年だ。猫になった純平の体を目の高さまで持ち上げてしげしげと眺め、くるりとひっくり返す。青空に恥ずかしい部分が晒された。
「お前、オスなんだな」
本来なら“何すんだ!”と怒り狂うところだが、今の純平にはそんな気力もなかった。もう好きにしてくれ、と青年の手の中でクタッとなる。
「かわいそうに。俺んちに来るか?」
なんだか、優しい言葉を聞いたような気がしたが返事もできず、純平の意識はそのまま闇の中に飲み込まれて行った。
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