78人が本棚に入れています
本棚に追加
◆
西日すら当たらない路地裏のアパートの前で足を止め、大河内雅刀は錆びついた鉄階段の先を見上げた。
スタッズの打ち込まれた革靴で、鈍い音を響かせながら階段を上がる。左端の扉の前で立ち止まり、軽くノックした。
「時田さん、いるんでしょう。時田純平さーん」
呼びかけてみるも、部屋の中からは物音ひとつ聞こえてこない。雅刀は片手をポケットに突っ込んだまま、薄汚れた扉を蹴りつけた。
「このドア、外れそうだよなあ。いやあ、なんでだろう」
台詞をわざと棒読みしながら、赤い髪に指を通す。室内に気配を感じたところで雅刀はもう一度扉を軋ませる。
恐怖に上ずった声がしてドアが開くと、雅刀は僅かな隙間から身体を室内にねじ込んだ。
「無視とは酷いな、時田さん」
薄暗い室内で、雅刀は胸倉をぐいと掴み上げた。目を合わせることすら恐ろしいといった様子で、無精ひげの男は視線を彷徨わせている。この男が時田純平だ。
「金払えよ、泥棒猫が」
雅刀が声音を一転させると、純平の体が震えあがった。
最初のコメントを投稿しよう!