とあるオールド・ミスとミスタの話

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とあるオールド・ミスとミスタの話

 覚えているのは、くすんだ藁色の髪と、黒炭のような純黒の瞳。 『僕がずっとそばにいるよ』  それから拙い発音で囁いて、小さな手のひらで守るように抱きしめる温もり。  ――私は今も、果たされなかった約束に囚われている。  ◇  ことり、とグラスがテーブルを打つ音で、束の間浸っていた追憶から目を覚ました。  音の発生源に目をやると、琥珀色のブランデーが深みを増して揺れている。 「考えごとかい? ソフィ」 「いいえ、ミスタ・ゲインズ。少し、昔のことを思い出していただけよ」 「さて、俺は気軽にルークと呼んでくれ、と何回言ったかな」 「もう忘れてしまったわ」  ソフィはグラスからそれを持つ腕を視線で辿り、隣に座った男の顔を一瞥して笑った。  銀にも見える灰色の瞳が、彼女につられるように弧を描く。瞳と相対するような輝く金髪は、男のくせに白く抜けるような肌によく馴染んでいた。  柔らかそうに波打つ髪を襟元へ撫で付けて、ルークと名乗った男はまたブランデーを呷る。年の頃はソフィと変わらないだろうに、その様になることと言ったら。  どこかの令嬢の付き添いのように、クラブのカウンター席で縮こまっているソフィとは格が違うように思えた。 「昔のことというのは、くだんの? 十七年前に忽然と姿を消したという」 「ええ、あなたに捜し人の協力をお願いした、私の小さな小さな幼なじみのこと」  この時期になると、とみに“彼”のことを思い出して仕方がない。  問われて頷くと、今度はソフィが手元のカップを呷った。秋摘みのダージリンは、舌触りがよくまろやかだ。 「滑稽でしょう。名前も思い出せない幼なじみを捜しているだなんて」 「いいや。そんな話は五万とある」 「その後、“彼”に関する情報は?」 「残念ながら」 「……そう」  肩を竦めて見せたルークへ、ソフィは嘆息してカップの中身を飲み干した。  やはり、という納得が半分と、毎度のことながら止められない期待を削がれた落ち込みが半分。せめぎ合う二つの感情を胸に、ソフィは席を立った。
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