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覚えていてくれれば嬉しい。けれどそれが理由で彼が思い出の先に踏み出せないのだとしたら、それはソフィにとっても、彼にとっても不幸なことであろうから。
「でも、それを確かめるのも、もう叶わないことね」
「婚約すれば、俺にも――もしかしたら見つかるかも知れない彼にも会えなくなるから?」
「ええ。……それともミスタ、私と駆け落ちしてくださる?」
くつりと笑ったのは、ソフィだったのか、ルークだったのか。
「グレトナ・グリーンに行くにはまだ早い」
男の答えに、彼女は「は」と呼気をこぼした。
ソフィは、彼が優しい人だと知っていた。無謀な人捜しをする女を、放っておけないほどには。
だから、きっと彼が、ソフィの冗談じみた申し出を断るだろうこともわかっていたのだ。
すべてを捨てて駆け落ちした先に、いつか彼女が、捨てたものを想って悲しむ未来が待っていることを知っているから。
優しい人。彼女はもういちど胸の内で呟いて席を立った。きっと、これが最後の逢瀬になるだろうと予感しながら。
「君は、アドベントカレンダーの最後の箱を開けたことがあるか?」
不意に問われて、ソフィは進みかけた足を止めた。
「一度だけ」
「最後の箱の中には何が?」
「ヤドリギの枝が。でも、それがどうしたの?」
「俺が思うに、それは、思い出の彼が君を迎えに行く場所のヒントなのではないかな。彼は本当は臆病だったのかもしれない。君にどう思われているか、確かめるのも恐れるほどに」
場所のヒント。独りごちるようにルークの言葉を復唱して、ソフィは瞬かせた視線を斜に落とした。
たとえばそれが、どこかで待ち合わせようというサインだったなら?
パチリ、と、かみ合わなかったパズルのピースが音を立ててはめ込まれた気がした。
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