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ヤドリギは名前の通り、他の木に宿る植物だ。ならば苗床になるのは何の木か。
(ポプラ、コナラ、シナノキ――リンゴ)
脳裏に何かが閃いて、ソフィは勢い顔を上げる。ルークは静かに、彼女の動向を窺っていた。
「私…帰らなくちゃ」
「それなら、俺が乗ってきた馬車を使うといい。今日はクリスマスだ、これから二等車両の切符を買うには時間がかかりすぎる」
俺からのささやかなプレゼントだよ、と、彼は笑った。彼の言う“プレゼント”がヒントだったのか、それとも馬車だったのか。疑問は疑問のまま、ソフィは居ても立ってもいられずにクラブを飛び出した。
裏手の車庫には、何台かの馬車が停まっている。その中から厩番の男に案内してもらい、黒い箱馬車に乗り込んだ。
汽車で行けば一時間。馬車で行くならそれ以上。
それ以上の時間を、逸る気持ちですごすには、今日という日が長すぎた。
コートに留めたブローチ型の懐中時計をしきりに見やりながら、もてあます時間をやり過ごす。
町中は人通りが多すぎて、結局、家に帰り着いたのはクラブを出てから二時間後のことだった。
転げ出るように馬車を降りると、礼もほどほどに礼拝堂へと急ぐ。ヤドリギの宿るようなリンゴの木。そんなもの、ソフィの記憶には一ヵ所しかない。
礼拝堂から漏れる明かりに導かれるように、思い出の木陰を辿った先――幼い頃、“約束”を交わした場所に、彼は――居た。
暗がりに差す礼拝堂の明かりが、彼の明るい髪色を照らす。藁色の筈の少年の髪は、年月を経て色が抜けたのか。今ではもう見慣れてしまった金髪が、寒さと興奮で濡れたソフィの瞳に光を灯した。
「何がささやかなプレゼントよ」
「ささやかだろう。君にとっては」
「髪も瞳も、色が違うじゃない」
「成長と共に色素が薄くなるのはよくあることさ」
「新聞王の孫というのは嘘だったの?」
「知っていたかい? 君の家の雑役婦は、新聞王の息子と駆け落ちしてこの町にやってきたんだよ」
パチリ、パチリ。こんがらがっていたパズルのピースが組み変わる。
「どうしてあの日、姿を消したの」
問うたソフィの声は、今までにないほど震えていた。
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