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「もう行くのか?」
「紅茶がなくなってしまったもの」
「もう一杯たのめばいい」
「クラブで飲むのは一杯だけと決めているの」
それは、未婚の女が男と二人、クラブで長居することへの危険性を暗に示唆した言葉だった。これには「おやおや」と苦笑したルークが、席を立ってソフィの手を取った。
「それでは、姫君を出口までお送りしよう」
芝居がかった台詞は、彼がおどける時に使うものだ。
ルークに手を引かれながら、ソフィはちらりとティーカップへ視線をやった。繊細な白磁の底には、彼女の思い出と同様に、取り残された茶葉の滓が沈んでいた。
◆
「ソフィお嬢さん、郵便物が届いてますよ」
冬の冷たい真水に顔を浸し、朝の身支度を整えて階下に降りると、雑役婦に呼び止められた。見れば、彼女は小脇に十二インチ(約三十センチ)四方の小包を抱えている。
来たか、と半ば確信を持ってその中身を想像すると、雑役婦はそれを肯定するように差し出した。
「差出人は不明です。いつもの」
「でしょうね。もう十二月だもの」
苦りきった顔をすればいいのか、それともまだそれが届くことを喜べばいいのか。複雑な面持ちでソフィは小包を受け取った。
「朝食まで、あとどれくらいかかりますか?」
「三十分とかかりませんよ」
「じゃあ、それまで寝室に居ます」
「ああ、お嬢さん。先ほどお兄様がお呼びでしたよ。今夜、最後の礼拝が済んだら礼拝堂へ来るようにと」
雑役婦の言づてに、ソフィは今度こそ面倒くさそうに顔を歪めて自分の部屋へと引き返した。
ベッドの上に広げた小包を解く。中から出てきたのは、毎年この時期になると送られてくるアドベントカレンダーだ。
聖夜までの日にちを数えるカレンダーは厚みがあり、大きな箱の中に日にちの数だけ区切られた小箱が収められている。二十五の小さな箱にはお菓子やオーナメントが入っていて、一日迎えるごとにひとつ、日付の書かれた箱を開けていくのが慣わしだった。
差出人のないこのカレンダーが贈られてくるようになって、今年でもう九年目だ。けれど、初めて贈られてきた年以来、ソフィはカレンダーの中身を開けていない。今年も日付は十二月一日から進まないまま。
二十五個目の箱を開けたとき、裏切られた気持ちになるのはもう懲りごりだった。
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