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カレンダーに添えられていたカードをちらりと見やる。『すべての箱が開いたとき、今年も会いに行くよ』とだけ書かれた、短い文面。
その約束が守られたことは、この九年で一度もなかった。
朝食を済ますと、ソフィは急いで外に出る支度をする。
グレーのコートに茶色い毛皮のマフ、それとお揃いの毛皮で作られたボンネットを被ったソフィを、朝の礼拝に向かう兄が見咎めた。
「出かけるのか、ソフィ」
「ええ。今日はロンドンの日曜学校で勉強を教えるボランティアの日よ」
「毎度毎度、なにもロンドンまで行かなくとも」
「田舎の小さなコミュニティでは、オールド・ミスは肩身が狭いの」
おどけて肩を竦めたソフィに、彼女の兄は続ける言葉をなくしたようだった。冗談にするには、年齢が笑えないところまで来ている。十九世紀も末と言えど、独り身の女への風当たりは決して緩くないのだ。
いい加減、身を固めるべきなのだろう。頭ではわかっているのだ。けれど悲しいかな、今更どこかへ嫁ぐ自分を、ソフィは想像できなかった。
思案げな兄を置いて、あぜ道を行く辻馬車を拾う。最寄り駅まで乗せてもらって、そこから汽車で一時間ほど。ロンドン中心部の端にある小さな日曜学校で、ソフィはたまに教師の真似事をしていた。
女主人にもならず、手に職も付けていない、そこそこ裕福な中流階級の娘は、幸いなことに時間だけは有り余っている。家が牧師館であったから、幼い頃からそれなりの知識を身につけることもできた。
もっとも、大抵の世の男たちは賢い女よりも、無知でドレスと夜会のことしか頭にないような少女の方がお好みではあったが。
その日の授業を終えたソフィは、壁に掛けられた時計に目をやった。午後四時。そろそろいい頃合いだろうか。
日曜学校とは別に、ロンドンまで訪れたもうひとつの理由を成すべく、ソフィはクラブへと足を向けた。
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