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いつもの席へ向かうと、その人物は既にそこに座って食前の一杯を嗜んでいた。
「ごきげんよう、ミスタ・ゲインズ」
「やあ、ミス・ソフィ。ごきげんよう」
彼女にアール・グレイを、と注文するルークを横目に、ソフィはバッスルを気にしながら彼の隣へ浅く腰掛ける。
「一週間ぶりね。その後、進展は?」
「出会い頭にそれか。まったく恐れ入るよ」
「無駄話している間に紅茶がなくなってしまうでしょう」
「まだ運ばれてもいない紅茶の有無を気にするなんてナンセンスだな」
ナンセンスはお国柄ね。ソフィが薄く笑うと、違いない、とルークもまたニヤリと笑った。
「名前はわからない、十七年前に八歳頃だった藁色の髪と黒い瞳の少年。……そんな情報だけで人捜しをしようだなんて、君も思いきったことを考えるものだね」
「あら。あなたに会わなければ、そんなこと考えもしなかったわ」
運ばれてきた紅茶のカップを手に取って、ソフィは長い睫の影を頬に落とした。鼻を近づけると、ほんのりと薫り高いベルガモットが鼻孔を刺激する。
上質なアール・グレイの香りは、今朝からずっとざわついていた心を少しだけ落ち着かせた。
「ロンドン最大の新聞社を抱える新聞王さん。あなたに追えないスクープはないでしょう?」
「新聞王は祖父の肩書きだよ」
「次期社長さんが何を仰るの」
ころころと笑ってから紅茶を口に含む。横目で隣を窺い見ると、ルークは苦笑を浮かべてソフィを見つめていた。
彼に出会ったのは、ほんの一年と半年ほど前のこと。いつものようにロンドンの日曜学校から帰る途中、駅舎で辺りを見回していたときのことだ。
誰か捜しているのか、とソフィに声を掛けたのがルークだった。
初めに『いいえ』と答えたソフィは、けれどすぐに答えを改めて、『はい』と頷いた。――『十五年前に居なくなった幼なじみを』。
それが、ソフィとルークのありふれた出会いだった。
彼が新聞社最大手の社長の孫だと知ったのは、後のことだ。仕事の合間でよければ手伝おうかと彼が申し出てくれたことは、ソフィにとって青天の霹靂だった。
以来二人は、この、日曜日にだけ女性にも開放される真新しいクラブで逢瀬を重ねるようになったのだ。
「次期社長でも、できないことはある」
何でもない様子で答えたルークに、ソフィはわざとらしく頬へ手を当てた。
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