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1.
吐き出す白い息が、メランコリックな重たい雲の下で溶ける、師走のとある日のこと。ぼくは表通りに佇むラーメン屋さんの駐車場に車を停めます。
助手席を降りた彼女の下駄は、からんころんと小粋な音を立ててアスファルトに着地。小さな身体をぶるると震わせ、ハイカラなマフラーを神経質に巻き直します。
余りに広い駐車場、それに反比例するような小さな店舗。軒先に並ぶは、長い長い行列。
何故に駐車場がこんなに広いのに店舗は小さいのか。それはきっと行列を作る為の他ありません。行列無きラーメン屋さんなぞ、飾りの無いクリスマスツリーの様なものですゆえ。
「ほら、ヱン。ぐずぐずしてないで並ぶよー」
北国生まれのくせに寒さに弱い彼女は、「さーぶさぶさぶ」と自らの身体を摩りながらちょこちょこ歩きます。
彼女彼女などと言いますが、彼女はぼくの思ひ人……つまり恋人などではありません。
それではお友達なのかと訊かれれば、答えはノーです。完全に間違いではありませんが、男女間の友情など眉唾な都市伝説であり、見返りを求めない友情などないのです。
それでは彼女は、一体ぼくの何を満たしてくれるのでしょうか。
巷では体だけの関係をセックスフレンドなどと呼びますが、ぼくと彼女はラーメンだけの関係、差し詰めラーメンフレンドとでも呼びましょうか。
大好きなラーメンとはいえ、一人で食べるのは味気ないものです。
粘膜と粘膜で繋がるベタついたセフレなんていう、淫らで、まことけしからん関係と違いまして、ラフレとは、清く、正しく、美しく、つるりと喉越しの良い、とてもプラトニックな関係なのです。
便宜上、彼女のことをラーメンさんとでも呼ぶことに致しましょうか。
先の見えない行列を待つこと三十分、「へぷちっ」と何とも可愛らしいくしゃみをしたラーメンさんのお顔に、鼻水が垂れていたので、紳士たるぼくはハンカチで拭いてあげます。
「自分でできるから、子供扱いしないで」
「はいはい、ラーメンさんは大人でちゅよー」
「覚えとけよ。あとで絶対殴るからなー」
あとで殴ると言いながら、バシバシぼくの二の腕を叩くラーメンさんの頭をわしわしと撫で、「ほら、他のお客さんにご迷惑ですよ」と諭します。
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