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「……やった、のか?」
もうもうと上がった煙がややおさまって。伏せていた綱が恐る恐る顔を上げる。
「らしいな」
脇腹を押さえながら頼光が起き上がった。
見回すと周りは惨憺たるありさま。屋敷は半壊、天井が半分吹き飛んで朝の光が差し込んでいる。
「……保憲殿?」
朝日が切り取った空間に舞い上がった埃がちらちらと光を反射する。その中に黒い狩衣の保憲がすらりと立っていた。
何かを探すように視線を巡らす……その表情が微かに動いた。
部屋の隅に倒れていた几帳をどかす。つと屈んで小さなものを拾い上げた。
指先で摘んだそれは笙絲の首に下がっていた象牙の玉。
保憲は懐紙に挟んだ玉を懐にしまった。
どかどかと回廊を渡ってくる足音が響く。
「頼光殿!ご無事ですか!」
呼ばわりながら真っ先に駆け込んできたのは坂田金時だ。部屋の惨状に一瞬息を呑む。
「大事無い……おぬし達は?」
綱の肩を借りて立ち上がった頼光が訊ねる。
「盗賊どもは制圧しました。捕らえた者たちを移送する手はずを整えている所です」
そうか、と頼光が満足げに頷く。
「晴明殿の式、とやらが池田殿のご息女を連れて来てくれました……晴明殿は?」
部屋の中に晴明がいない事に気づいた金時が問う。
その言葉に、頼光と綱が保憲を振り返る。
唇を引き結んだ保憲が二人を見返した。
時は少し戻って。
屋敷の外に走り出た晴明は、掌に太陰の眉間を打ち抜いた紙片を載せた。
「お前の来た所へ戻るがいい」
そっと息を吹きかけると紙片は黒い蝶に変わった。ゆらり、と舞い上がった後を追う。
庭を抜け門を潜って、黎明の靄の中をふわりふわりと黒い蝶が飛んでいく。
踏み固められた道を外れて、都の兵が戦っているであろう場所とは反対側のまだ薄暗い山中へと入っていく。
しん、と静まり返った木立。聞こえるのは遠く鳴き交わす鳥の声と、落ち葉を踏みしめる足音だけ。
「……晴明?」
横を歩く博雅がそっと声をかける。
「道満……とか言っていたが、知ってるのか?」
晴明の顔がすっと厳しくなる。無言のまま歩みを速めた。
「晴……」
ギ──ッ!
錆びた叫び声がしじまを破った。博雅の肩を抱いた晴明が飛び退る。
たった今まで二人が居た空間を黒い影が切り裂いた。
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