第2章

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茂みの向こうに広がるのは、ぽっかりと開けた空間……夕闇の迫る空。 ―――崖、だったのか! 「博……」 名を呼ぼうとした唇が震えて、胸が冷えた。 「……晴明」 足元から声がして、晴明は慌てて屈み込んだ。崖の縁、藤蔓にぶらさがった博雅が見上げている。 「……博雅」 膝から力が抜けたのは体力を消耗したせいばかりではない。 「命冥加なやつだ」 左手で傍らの枝を掴み、伸ばした右手で博雅の手首を掴む。 笑いかけた博雅の顔が、晴明の背後を見つめて強張った。 「晴」 明、と言うより早く、ざあっと音を立てて周囲の笹の葉が舞い上がった。 背後に忍び寄っていた夜盗の刃が一閃するのと同時に。矢のように飛んだ夥しい数の細い笹の葉が男に突き立った。 博雅がこくりと唾を飲み込む。 刀を握ったまま、ハリネズミのようになった男が仰向けにどうと倒れていった。 「晴明」 博雅の笑みに、しかし答えない晴明を訝しむように見上げる。 「……晴明!」 その手首からひとすじ、伝い落ちてくるのは、血。 「……く」 博雅に引きずられて、ずるりと晴明の身体が崖から乗り出した。 「晴明、手を離せッ!」 無言で晴明が唇を噛む。 枝を握る指も切られた背中も感覚が無い。ただ博雅の手首を掴む右手だけが熱かった。流れる血で指が滑る。 「離せっ!」 博雅が必死で叫ぶ。 その時。背後でどおんと地鳴りがした。 金色(こんじき)の光が辺りを照らし出す。見上げてくる博雅の顔も一瞬金で彩られた。 ―――式を使うものの、気配。 晴明の瞳を絶望に似たものが掠める。枝を掴んだその指が緩む。 「晴明ッ」 ひろ、まさ、と。晴明の唇が動いた。
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