第3章

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晴明の指が枝から離れようとした、その瞬間。 柔らかいものが背中に押し付けられて、晴明がはっと目を見開いた。 肩越しに伸ばされた白い腕が、晴明の腕を越えて博雅の手首を掴んだ。 耳朶を吐息で擽られてはっと横を見れば、晴明の背中に覆い被さるように女が腕を伸ばしていた。 視線が合った切れ長の目がちらりと微笑む。見上げる博雅の目が丸く見開かれた。 「……う、わ!」 ぐいと一息に身体を引き上げられて博雅が声を上げる。女のもう片方の手が晴明の襟首を掴んで背中から持ち上げた。 大きく息をつきながら崖の縁に座り込んだ二人の前に立つ女は、長身の異国の美女。 切れ長のきつい瞳に、こめかみの髪は翡翠の色。袖なしの長衣の腰を幅広の帯で縛り、首には銀の鎖をかけている。 「式か」 唖然として女を見上げる博雅を、晴明が膝をついたまま背後に庇う。 それを見た女が片頬で笑った。敵意の全く無いその笑みに晴明が目を細める。 女の視線がふっと夕空に流された。 どん、ともう一度大きな地鳴りがして、金色の光が木立の向こうで弾けた。 遅れてきた爆風に晴明と博雅が手をかざす。女の長衣の裾がはためいた。 気がつけば、いつの間にか戦いの喧騒は止んでいた。 輝く光を背景に、爆風の煙の中を男がひとり歩んでくる。逆光でその姿はしかと見定める事が出来ない。 ちゃり、と剣の柄に手をかけた博雅が立ち上がって晴明の前に出た。 「よう!晴明、久しぶりだな」 屈託のない声をかけられて博雅と晴明が目を見張る。 「こんな雑魚に手こずって、腕が落ちたんじゃないのか、ええ?」 煙が流れて現われたのは、黒の狩衣に身を包んだ男。精悍な顔に、にやりと不敵な笑みが浮かぶ。 「……保憲どの」 晴明の唖然とした呟きに博雅が振り返る。 「知り合いか」 「……兄弟子だ」 どこか憮然とした晴明の顔を博雅が見下ろした。 式の前を過ぎて保憲が博雅と相対する。 「お初にお目にかかる。これは陰陽寮が頭(かみ)、賀茂(かもの)保憲(やすのり)と申す」 「あ……俺、わたしは」 丁寧に一礼されて博雅が戸惑った声を出す。 「存知上げております。源博雅どの」 「陰陽頭(おんみょうのかみ)……?」
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