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晴明の指が枝から離れようとした、その瞬間。
柔らかいものが背中に押し付けられて、晴明がはっと目を見開いた。
肩越しに伸ばされた白い腕が、晴明の腕を越えて博雅の手首を掴んだ。
耳朶を吐息で擽られてはっと横を見れば、晴明の背中に覆い被さるように女が腕を伸ばしていた。
視線が合った切れ長の目がちらりと微笑む。見上げる博雅の目が丸く見開かれた。
「……う、わ!」
ぐいと一息に身体を引き上げられて博雅が声を上げる。女のもう片方の手が晴明の襟首を掴んで背中から持ち上げた。
大きく息をつきながら崖の縁に座り込んだ二人の前に立つ女は、長身の異国の美女。
切れ長のきつい瞳に、こめかみの髪は翡翠の色。袖なしの長衣の腰を幅広の帯で縛り、首には銀の鎖をかけている。
「式か」
唖然として女を見上げる博雅を、晴明が膝をついたまま背後に庇う。
それを見た女が片頬で笑った。敵意の全く無いその笑みに晴明が目を細める。
女の視線がふっと夕空に流された。
どん、ともう一度大きな地鳴りがして、金色の光が木立の向こうで弾けた。
遅れてきた爆風に晴明と博雅が手をかざす。女の長衣の裾がはためいた。
気がつけば、いつの間にか戦いの喧騒は止んでいた。
輝く光を背景に、爆風の煙の中を男がひとり歩んでくる。逆光でその姿はしかと見定める事が出来ない。
ちゃり、と剣の柄に手をかけた博雅が立ち上がって晴明の前に出た。
「よう!晴明、久しぶりだな」
屈託のない声をかけられて博雅と晴明が目を見張る。
「こんな雑魚に手こずって、腕が落ちたんじゃないのか、ええ?」
煙が流れて現われたのは、黒の狩衣に身を包んだ男。精悍な顔に、にやりと不敵な笑みが浮かぶ。
「……保憲どの」
晴明の唖然とした呟きに博雅が振り返る。
「知り合いか」
「……兄弟子だ」
どこか憮然とした晴明の顔を博雅が見下ろした。
式の前を過ぎて保憲が博雅と相対する。
「お初にお目にかかる。これは陰陽寮が頭(かみ)、賀茂(かもの)保憲(やすのり)と申す」
「あ……俺、わたしは」
丁寧に一礼されて博雅が戸惑った声を出す。
「存知上げております。源博雅どの」
「陰陽頭(おんみょうのかみ)……?」
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