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そういえば、と最近聞いた噂を博雅は思い出した。
新しく任ぜられた陰陽頭……年は若いが有能で、陰陽師としての力量も超一流。
がしかし女遊びが派手で流した浮名は数え切れず、陰陽寮に出仕するのもいつも昼過ぎとか……。
「いろいろ噂がお耳に入っておるようで」
博雅の表情に、保憲が唇の端で笑う。
「え……いや……それは、その……」
人の悪い笑みを向けられて、嘘をつけない博雅が口ごもった。
「……あの、以前にお会いした事が……?」
どこか見覚えのある姿に博雅が問う。
答えずに笑った保憲が博雅の脇をすいと抜けて、膝をついたままの晴明の前に屈みこんだ。
その顎に指をかけてそっと仰のかせる。保憲の眉が微かに寄せられた。
「酷でぇやられようだな、ああ?呪も使えないとは」
保憲の指を振り払おうとした手を反対に握られて、晴明の目が困惑に揺れた。
「保……」
額に指を押し当てられて言葉が途切れる。次の瞬間昏倒した晴明を保憲が抱きとめた。
「何をされる!」
大声を上げた博雅が保憲の肩を掴む。
「ご心配は無用。休ませただけだ」
気色ばむ博雅を制して保憲が晴明を軽々と抱き上げた。
「とりあえず夜盗どもは追い返した。今の内に次の手を考えねばならないのでは?」
向こうから走ってくる頼光に向かって顎をしゃくってみせる。
「晴明は……」
「陰陽師は、陰陽師に」
さらりと言って保憲が歩み去る。その後にぴたりと女がついていった。
唇を引き結んだ博雅が彼らを無言で見送った。
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ぽかりと意識が覚醒する。
どうやらうつ伏せに眠っていたらしい。身体が強張っている。
横向きの頬の下には柔らかい布の感触……覚えのある香。定まらない視界に揺れる燭台の灯。
「……目が覚めたか」
保憲の声がした。
してみると、自分はまた彼の屋敷に泊まったのか。それとも陰陽寮の一室か。
記憶が曖昧でひどくだるいのは、また手酷く抱かれたせいなのか。
額に落ちる髪の毛を優しくかき上げられて、開きかけていた瞼を再びうっそりと閉じた。
こめかみから頬を辿った保憲の指が唇に触れる。その爪先に軽く口づけた。
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