第3章

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そういえば、と最近聞いた噂を博雅は思い出した。 新しく任ぜられた陰陽頭……年は若いが有能で、陰陽師としての力量も超一流。 がしかし女遊びが派手で流した浮名は数え切れず、陰陽寮に出仕するのもいつも昼過ぎとか……。 「いろいろ噂がお耳に入っておるようで」 博雅の表情に、保憲が唇の端で笑う。 「え……いや……それは、その……」 人の悪い笑みを向けられて、嘘をつけない博雅が口ごもった。 「……あの、以前にお会いした事が……?」 どこか見覚えのある姿に博雅が問う。 答えずに笑った保憲が博雅の脇をすいと抜けて、膝をついたままの晴明の前に屈みこんだ。 その顎に指をかけてそっと仰のかせる。保憲の眉が微かに寄せられた。 「酷でぇやられようだな、ああ?呪も使えないとは」 保憲の指を振り払おうとした手を反対に握られて、晴明の目が困惑に揺れた。 「保……」 額に指を押し当てられて言葉が途切れる。次の瞬間昏倒した晴明を保憲が抱きとめた。 「何をされる!」 大声を上げた博雅が保憲の肩を掴む。 「ご心配は無用。休ませただけだ」 気色ばむ博雅を制して保憲が晴明を軽々と抱き上げた。 「とりあえず夜盗どもは追い返した。今の内に次の手を考えねばならないのでは?」 向こうから走ってくる頼光に向かって顎をしゃくってみせる。 「晴明は……」 「陰陽師は、陰陽師に」 さらりと言って保憲が歩み去る。その後にぴたりと女がついていった。 唇を引き結んだ博雅が彼らを無言で見送った。 ******************** ぽかりと意識が覚醒する。 どうやらうつ伏せに眠っていたらしい。身体が強張っている。 横向きの頬の下には柔らかい布の感触……覚えのある香。定まらない視界に揺れる燭台の灯。 「……目が覚めたか」 保憲の声がした。 してみると、自分はまた彼の屋敷に泊まったのか。それとも陰陽寮の一室か。 記憶が曖昧でひどくだるいのは、また手酷く抱かれたせいなのか。 額に落ちる髪の毛を優しくかき上げられて、開きかけていた瞼を再びうっそりと閉じた。 こめかみから頬を辿った保憲の指が唇に触れる。その爪先に軽く口づけた。
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